42 皇太子兼伯爵の家臣
ケララか、この女を召抱えたいな。俺にはいなかったタイプの臣になる。
「ケララ・ヒララ殿、もし可能であれば、俺にも仕えてはくれないか。なにせ、俺は数年前まで田舎の小領主でな。故実にうといのだ。なので、伯爵として守らねばならないことが何かもわからぬ。自分の恥だけならよいが、下手をすると皇太子に恥をかかせかねん」
こういうのは半分は本心を入れるのがいい。故実に詳しい人間を家臣に加える価値は充分にあった。
「私などでよいのであれば」
よし、さすがフルールだ。見る目がある。今後、偉くなるうえで儀式を適当に扱うわけにもいかないからな。
戦が強いだけの田舎者と思われれば、決してプラスにはならない。王都に入った時、王朝貴族たちの信頼を得られないことになる。
歴史上も、蛮族めいた将軍が王都を占領したことなどはあるが、儀式を無茶苦茶にしたせいで、王朝貴族や王都近辺の領主たちに嫌われ、結局没落したということが何度かある。
――どうも、いけ好かんな。この女。
オダノブナガは嫌な顔をしているようだ。といっても、顔は見えないが。
――この女は、光秀と同じにおいがする。あいつも教養人で頭もよかったが、最後は元将軍を選んで、この覇王を裏切りよった。もっとも、光秀はもうかなり老け込んだ歳で、こんな若い女ではなかったが。
ああ、お前を裏切った人間に似てるのか。
――裏切ったも何も、光秀は本能寺で覇王を討ったのだ。
ホンノージ? 地名か何かか。まあ、このオダノブナガは好き勝手し放題という印象があるから、裏切る奴も出てくるんだろう。
――気をつけろよ。そもそも、故実に秀でているような人間はすべて保守的なのだ。保守的な人間というのは、お前みたいな変革者とどこかで相容れなくなるぞ。
それは客観的事実としてわかるので、気はつけることにしよう。神殿への祈りを欠かさない奴が、王朝も何も滅んで新しくなるべきだなどと言うことはまずないと思う。
「では、ケララ、君に俺からも所領を与えよう。俺だけに仕えろというような無茶は言わないから、心配しないでくれ」
「ありがとうございます」
丁重に礼をしたが、ケララは微笑みはしなかった。
一人の人間が複数の主君を持つことはありえないことではないので、問題はないだろう。もし、皇太子の愛人ということであれば、さすがにまずいことになるが。
念のため、確認してみるか。それで皇太子に恨まれるのはバカらしいし。
「ところで、一応聞いておきたいのだが、俺にも仕えたことで、皇太子が妙な勘繰りをするということはないな? もし、そなたと皇太子の間が深い仲であるというなら、俺は近づかないようにするが」
「それなら、ご心配におよびませんので。皇太子はドワーフに手をつけたりなどしません。王家の者はエルフやドワーフといった者に子を産ませるべきではないと初代の王から代々伝えられております」
「なるほど。つまらぬことを聞いてすまなかった」
懸念が消えて、ひとまずよかった。
そのあと、俺は空き時間にはケララからいろいろと儀礼や学問を習った。
俺も最低限の教養は学んできたとは思うが、それは田舎領主が学べる範囲の教養だ。
ケララは王都で最高水準の教養を幼い頃から叩き込まれていたらしく、亡命先でも学者などが一緒だった。おそらく、今では学者として名を成すぐらいの知識を持っている。
無論、それは空き時間のことだが。
侵略も着々と計画している。
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まず、触手を伸ばしたのは、東部のイクト県だった。
ここは大きな領主がいない。小領主の一部はハッセに礼を言いに来ているから、ハッセの権威を利用して、俺も利用できる。
問題は、ハッセに頭を下げに来なかった領主たちだ。こいつらを一つずつ崩していく。
一方、東部でも海側のシャーラ県は三分の二ほどの土地をアントワーニ家が支配している。
有力な伯爵の一つではあるが、俺の敵というほどではない。というのも、ここは有力な子爵がほぼ独立した力を持っているのだ。こういう連中はちょっと足並みを乱してやれば、どうとでもなる。
イクト県の遠征は幾分、ゆっくりとやった。
理由はナグーリ県をしっかりと自分の所領に作り変えていくために時間が必要だったためだ。
あまりに急速に土地が広がりすぎると、支配機構が無茶苦茶になる。
将来のことも考えて、港町の支配を着実に行っていく。港町はすべて俺の直轄地にすることで、富を集約させる。その富で、親衛隊の規模を増強させて、最強の軍隊を作っていくのだ。
ハッセ皇太子が正式に誕生してから一年ほどをかけて、イクト県全域もほぼ支配下に置いた。
また一歩、王都に近づいた計算だ。
俺はラヴィアラと二人で今後の行軍について話をした。
というのも――
「そろそろ、ラヴィアラも戦場に復帰したいです!」
ラヴィアラの熱烈な希望があったからだ。
そう、この一年、ラヴィアラは自分の娘の母と、セラフィーナの息子の乳母という役割をずっと果たしてきた。それが最優先事項であるということは、ラヴィアラもよくわかっていたから、その職責を果たしてくれていた。
しかし、あくまでもラヴィアラの本職は射手だ。戦に出るという意識は常にあったらしい。
「ラヴィアラは時間があれば、ずっと弓の練習を怠らずにしてきました。戦があれば、すぐにお力になれると思います!」
「俺もお前の実力を疑ったりなんてしてないさ。ただ、戦となると、子供とも別れないといけないしな……」
いくらなんでも、戦に一歳数か月の子供二人を連れていくわけにもいくまい。
「それは……その時だけ、ほかの方に面倒を見ていただくということで……」
「自分の妻を進んで戦場に連れていきたいとは思えないが、そこは武人の性か……」
自分から進んで危険な作戦をやってきた俺が止める権利もないな。
でも、そこでただでは転ばないのが俺だ。一つ、いい案を思いついた。
「わかった。次の戦には出てくれ。オルビア県での戦いだ。敵もたいして強くない」
「あれ、海沿いを東へ攻めるんじゃないんですか?」
「シャーラ県攻めもあるが、その前にブランド・ナーハムに貸しを作っておく。いくつもの領主が連合して対抗しようとしているらしい」
南側を盤石にしたうえで、東を攻める。
「そこで、ケララというドワーフの女も指揮官として使ってみようと思う」




