40 皇太子と臣下の礼
そして、俺が二人の子供の父親になった頃、政治的にも大きな動きが起きた。
王族のハッセの身元がわかり、俺のマウスト城にやってきたのだ。
俺の前に現れたハッセは居心地の悪そうな顔をしていた。
年齢的には俺より少し上の二十五歳のはずだが、もっと老け込んでさえ見える。
理由は単純だ。
ハッセには爵位がない。
本来、王の従弟で、しかも父親が王位にあったぐらいなのだから、王国の先例で考えれば公爵位を与えられ、役職としても副王ぐらいに任じられてもいい立場なのだが、今の王であるパッフス六世はハッセを罪人という扱いにして、すべての爵位などを取り上げた。
パッフス六世からすれば、従弟の血筋を絶やすことで自分の系統が王位を継ぐことを確実なものにしたいのだ。
無論、素直にその罪人にされたという事実を認めて死ぬほど、ハッセもお人よしではないが、流れ者という立場が彼を多少卑屈にしているのだろう。
彼の父親である前王グランドーラ三世が甥のパッフスに攻められて、王都を退いたのは十二年前。なので、実に十二年、ハッセも流浪していることになる。グランドーラ三世は王都を追われて三年後に病死した。
「フォードネリア伯、そなたが私の支援をしてくれると聞いて、この地までやってきたのだが……それは本当であろうか?」
「むしろ、お疑いになられる理由をお聞きしたいですな。どうして、『皇太子殿下』を騙さねばならないのでしょうか?」
俺はわざと、皇太子という表現を使った。
「皇太子? 私がか?」
「そうですとも。考えてもみてください。今の王の治世になってから十余年、サーウィル王国に平和だった時があるでしょうか? どこもかしこも戦ばかり。王都が焼け野原になっていないのが奇跡的なほどです」
国が乱れているのは事実だ。ダメな点はいくらでも挙げられる。
「王都でも主導権争いで、宰相が更迭されたり、大臣が暗殺されたりといったことが続いております。これは王の下につく者も皆、自分の権益を伸ばすことばかり考えていて、民をおもんぱかっていない証拠です。腐った木を柱にして小屋を建てても、その小屋はすぐにつぶれます。造り変えるしかありません。となると――」
俺はハッセに強い視線を向けた。
「――王になるのは皇太子殿下しかいらっしゃいますまい。サーウィル王国を建て直すために、どうか王位におつきくださいませ。このアルスロッド・ネイヴル、殿下に身命をなげうって尽くすつもりでございます」
ハッセの目に火がついたのがわかった。
この男も、王になることを夢見たことはあるはず。そこに火をつけることは決して難しくはない。
いくら、王の地位が揺らいでいようと、王になりたくないと思う者などほぼいない。
「わかった。私も今の王の振る舞いには我慢ならないものがあったのだ。必ず、自分が王になってサーウィル王国を再び立派な国にしてみせる!」
「その心意気でございます。それでは早速ですが、皇太子でいらっしゃることを内外に知らしめましょう」
「というと?」
「皇太子殿下の下に各地の諸侯が集まり、臣下の礼をとれば、その威光が輝くはずです」
「なるほど!」
ハッセの目の炎がいよいよ燃え上がる。
ずっと、明日をも知れぬ日々を過ごしていたはずだ。それが諸侯を束ねるような儀式を行えるなら、喜ぶに違いない。
「まずは各地の諸侯にマウスト城にあいさつに来るよう書状を出しましょう。こちらも添え状を出します」
言うまでもなく、マウスト城に各地の領主たちが集まれば、俺の威光も輝く。少なくとも、もし王都を奪還すれば、俺は摂政につく立場だとみんな思うだろう。
もっとも、この儀式を滞りなく行うのはなかなか難しいけどな。
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まず、セラフィーナが難しい顔をした。
「旦那様がやりたことはよくわかるわ。でも、わたしのお父様の立場も考えて」
セラフィーナの父親、つまり俺の義理の父であるエイルズ・カルティスも俺と同盟を結んでいる間、攻勢を続けて北に領土を広げていた。
「もし、マウスト城のハッセ様にあいさつをすれば、それは旦那様の下についたように見えかねないわ。たしかに純粋な領土の広さなら、旦那様のほうが今は広くなっているけど……」
「そうだよな。君に頼むというだけでは足りないか」
とはいえ、このあたりの地域で極めて有力な領主であるエイルズ・カルティスが赴くかどうかで印象は全然変わる。なんとしても来てほしかった。
「相当な手土産がいるわね。でなければ、病気だとでも言って、来ないと思うわ」
「わかった。それでは手土産を用意する」
あっさりと俺は言った。
そして、すぐに書状を義父に送った。
エイルズも条件を呑んでくれたらしい。
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ハッセがマウスト城に来て五か月後、諸侯を集めた儀式は行われた。
「私こそは次の王につく者である。このことには疑いようもない」
マウスト城に来たのは、アルティアが嫁いだブランド・ナーハムがいるオルビア県の領主、元々ハッセが隠れていたイクト県の領主、あとはエイルズ・カルティスの支配するブランタール県などだ。とても全国から領主が来たというほどではない。
それでも、俺とエイルズだけでも三県以上を支配しているわけで、やってきた領主の県だけを見ればその数は十県近くにもなる。
とくにイクト県やエイルズと隣り合っている土地の領主などは、ここに来ないことを理由に攻められることを恐れて、多くが顔を出している。
これで隣国などで誰が俺に従って、誰が逆らうつもりかもよくわかる。
今の王に歯向かう勢力としては無視できない規模なのは間違いない。
そして、手土産がエイルズに渡される。
「エイルズ・カルティスにはこれまでの忠節を賞して、皇太子として侯爵の位を授ける。一門にもそれぞれ爵位を授ける。並びにエイルズを王国西部鎮撫総督に任ずる。逆賊を討ち果たすように!」
エイルズは「ありがたき幸せ」とその地位を受け取っていた。
そう、身分を俺より上にしたのだ。さらに侵略戦争の大義名分も与えてやった。
当然、王国はそんなもの認めないが、どうせ、ここまで攻めてくる余裕は王にもないから関係ないことだ。
さてと、ここから皇太子殿下を率いて、東に向けて攻め込んでやるか。




