38 王家のお尋ね者を探す
総大将のコルト・レントラントは命からがら逃げていった。
多数の敵将を討ち取り、俺たちは完全勝利した。
宣伝という点から見ても、その勝利の影響は大きかった。
日和見を決めていたレントラント家配下の者たちは、主を見限ることになるだろう。
俺は追撃の手をゆるめずに、そのまま北上した。
コルト・レントラントは古い城に籠城したが、その数はおそらく三百人程度だった。勝ち目がないと判断した者たちが急速に抜けていったのだろう。
きっと、すでに本拠が親戚に攻められているという情報も入っているはずだ。
「繁栄を誇ったレントラント家がこうもあっさりと滅ぶとは、歴史の運命とはいえ、物悲しいですな」
城を囲んでいる最中、シヴィークがしみじみと言った。
「まさか、老骨が生きているうちに滅亡を見ることになるとは」
「俺はシヴィークが生きているうちに自分の王国を興すつもりだぞ。まあ、県が一つ増えれば、やることも山積みだから、外征はしばらく止まるだろうから、その間はゆっくりしていてくれ」
「こうもずっと戦っておると、ゆっくりするのが一番難しいかもしれませんな」
コルト・レントラント以下一門と重臣たちは降伏を潔しとせず、大半が自害した。
俺の軍はそのまま敵の本拠であるモルカラ城に向かったが、ここでもすでにレントラント家の者が降伏しており、裏切ったヴァード・レントラントから俺に引き渡された。
事前に降伏を申し伝えていた者を除いて、多くの一門の首をはねた。
家臣団はけっこうな数が直前にこちら側についていたが、あまりにも直前に裏切って、仲間の首を差し出してきたような者はむしろ不忠として殺した。
なお、女は戦争に関わっていたわけではないので、許した。
こうして、俺はフォードネリア県に続いて、ナグーリ県も手に入れた。
フォードネリア県を統一してから、半年も経っていない電撃作戦だった。
●
領土が大幅に増えたせいで、政務量がおかしなことになった。
ナグーリ県は海に面しているから港町も多く、さらにマウストにも面しているナグーリ川下流にもいくつか川港がある。こういった都市について把握するだけでも、とんでもない時間がかかる。
「ファンネリア、早速、都市の規模、物産、今後の発展可能性などを調べて、報告してくれ」
「わたくしとしましても、これは一朝一夕ではいかないかと……」
財務官僚をもってしてもかなりきついらしい。
「幸い、ナグーリ県の財務関係者はほぼ生存している。そういう者とも協力して進めてくれ。それと、空いた土地の把握もしないといけないな……」
うれしい悲鳴だが、大変なことには変わりはない。
領土が大幅に増えたので、恩賞も与えることにした。
「赤熊隊の隊長オルクス・ブライト、白鷲隊の隊長レイオン・ミルコライア、お前たちの武功に対してナグーリ県の中から一郡を与える。ノエン・ラウッドは正式にフォードネリア北部三郡のうち二郡の領主とする。マイセル・ウージュは北ヶ丘城のある郡の支配は認められないが、北部三郡のメナル郡一郡をを領土としろ」
その他、もろもろ恩賞は続くが、基本はこのあたりだ。
マイセルはとくに一郡の子爵に復帰できたわけで、実にうれしそうだった。
「今、言った者はすべて子爵を名乗ってよい。王家にも子爵を名乗っていいか一応打診をしておく」
「伯爵、今の王家は落ちぶれてますし、別に確認なんてしなくてもいいと思いますぜ」
オルクスは権威にこだわらない性格なのでそういうことを言う。
「今だって、王を目指す従弟とやりあってる状態で、王家の中でさえ一枚岩になってねえですし」
そう、代としては一世代前の兄弟での争いが今も続いているのだ。兄を追い落とした弟が次の王になり、その兄の息子がまた王に返り咲き、弟の息子がまた王位を手にしようと各地をさまよっている。
「ああ、俺が子爵叙任の確認をとるのは各地を流浪なさっているハッセ様のほうだ」
多くの者がぽかんとした。
「あんな、いつ暗殺されて死ぬかわからないお人から許可を得ても意味がないでしょうよ。空手形もいいところですぜ」
「ハッセ様が王になれば、空手形ではなくなるだろう?」
俺はほくそ笑む。
「ハッセ様を王にするために俺は王都に乗りこむつもりだ。ハッセ様を王にし、俺はそうだな……摂政にでもなって王を支えるとしよう」
最初に反応したのは、オダノブナガだった。
――実によい! そうだ、まずは都を押さえねば話にならんからな! この覇王も最初は足利将軍家を支えるつもりで本当に都に入ったのだ。義輝様はなかなか立派なお人だったからな。結局、数年で将軍を支えるのに飽き足らなくなったわけだが。
まあ、傀儡をとりあえず守り立てておくっていうのは、国を乗っ取る常套手段だからな。乗っ取りが時期尚早なら、堅実に摂政をやればいいんだし。
「俺はハッセ様の王統のほうが王にふさわしいと考えている。ハッセ様の従兄に当たる今の王の政治は周囲の寵臣をかわいがり、庇護者の大物貴族の機嫌をとるものでしかない。ここはハッセ様に王になっていただくべきだ」
「流浪のお人なら担ぐのも軽そうでいいですな」
オルクスも俺が何を目指しているかはわかったようだ。
二県を手に入れた。これで一万近い軍隊を用意することも可能になってきた。
もちろん、留守番がいないというのも困るから、王都に持っていける軍の数はもっと少なくなるだろうが、目標を立てるぐらいの権利はあるな。
ナグーリ県から東に進み、そこから内陸に入っていけば王都には入れる。
いくつか県を通過しないといけないが、不可能ではない。
「ひとまず、ハッセ様をお探し申し上げよう。今はたしかナグーリ県の東隣のイクト県の神殿に隠れていらっしゃるとか聞いている。ハッセ様を探し出して、保護するところからはじめようか」
ナグーリ県の東側には海に面しているシヤーラ県と内陸に面しているイクト県がある。イクト県は内陸な土地柄もあって、小さな勢力に分かれていることもあり、おたずね者が身を潜めるにはちょうどいい。
しかし、そんな政治的な策を本格的にやる前に俺の身辺に大きな変化が起こった。
子供が産まれた。




