37 レントラント平野の戦い
兵に存分に休息を与えた後、俺たちは峠の出口に当たるところに陣城を作った。
陣城とはわずかな防御陣地の地形だけを持った遠征時の拠点だ。今回は俺たちがしばらく逗留するから、屋根のついた小屋ぐらいは作ったが。
ここで、後方から来る味方の部隊と合流して、敵の本体とぶつかってやる。
やがて、シヴィークが率いる後方部隊が到着した。
「伯爵を背後から回り込もうとする敵がいましたが、これも打ち破りました。こちらのほうが数も多かったので自慢にもなりませんが」
シヴィークもいい歳だが、戦となると活き活きとしていた。
「でかした。さあ、ここからが大勝負だが、せっかくだし、調略を仕掛けるか」
峠を突破したことで、敵の本拠地モルカラを含めた海沿いの土地で、アルスロッド・ネイヴルの軍が迫ってきたという情報が流れ出しているだろう。
状況が極端に悪化していることで、必ずナグーリ県では不安が醸成されている。ここを狙う。
ちょうどいい人脈もあった。
俺はマイセル・ウージェを呼んだ。
「君の名義で、伝手のある将に降伏を呼びかけてくれ。降伏すれば領地の安堵は保証する。書状にはすべて俺もサインを入れる」
「承知いたしました。ナグーリ県で人質だった頃に知り合った将は何人かおりますので」
「思った以上に敵は浮き足立っている。やれるはずだ。今日もこんな密書が来たからな」
俺は川沿いの港町を管理している総督からの密書を見せた。町での略奪を行わないでほしいという嘆願だ。同時にこちらに金品が届けられている。
――ああ、寺社禁制みたいなものだな。敵に略奪を行わない禁制を求めるということは、敵に通じている行為の一つと認識されかねん。もう、敵方の足並みは揃わんようになっておるようだ。
オダノブナガの言っている言葉で間違いはないだろう。
「どこかの港町で蜂起する者が出てくれれば、それで決着はつく。どこかいい相手はいないか?」
「県の北東部にいるヴァード・レントラントはレントラント家ながら、本家とは仲が悪いはずです」
「よし、すぐに使者を送ろう。今の所領に加えて追加で二郡を加増すると伝える」
考える前にやったほうが速い。一か所でも裏切ってくれれば、こちらが有利に運ぶ。
「しかし、使者を送って、書状を届けるにはそれなりの危険があります。無事に届くでしょうか……?」
「それなら問題はない。ラッパを使う」
「ラッパ?」
「俺の軍の影を担う者たちだ」
果たして調略の効き目はじわじわとだが、出てきた。
敵の本拠であるモルカラ城から遠い地を治めている領主がちらほらと俺の軍門に降るようになってきた。敵に対して、容赦のない攻撃を行ってきたことを連中は恐れだしたのだろう。
間諜によると、コルト・レントラントも兵士を集めるのに、思いのほか手間取っているという。
一つには小麦の収穫時期とぶつかっているからというのもあるだろうが、こちらの攻めが予想以上に速かったので、恐怖を感じている家臣が出始めているのだ。
戦闘を直接行わなかった将に関しては、俺は原則生かしている。逆に言えば、矛を向けてきた者は一部例外を除いて殺すという方法を県の三郡を攻める時から行っている。
負けた時のことを考えて、直接干戈を交えたくないと思っているのだろう。
その間、打って出るべきだという意見もあったが、俺はむしろ、敵を待ち受けるほうを選択した。ただし、何もしないというわけではない。じわじわと陣地となる丘を選んでは、そこに小さな付け城を築く。
付け城というのは、短時間で作れるちょっとした防御陣地だ。敵が攻めてきた時、その高台から攻撃できれば、有利に戦える。そういうものをとにかく大量に作った。
そして、ついにコルト・レントラントは四千五百の兵を率いて、俺たちの前に布陣した。
場所はくしくもレントラント平野という、敵の一族が生まれ出た土地だ。
もう、負ける気はしなかった。
なにせ、最高の一報がすでに前日俺たちのところに届いていたのだ。
ヴァード・レントラントがこちら側について、敵の本拠モルカラ城を攻めると通告してきたのだ。
これで、最悪、一日目に追い返されたとしても、俺たちは峠の砦に立てこもる。
消耗戦になっている間にモルカラ城が攻められることになれば、コルトは危機的状況に陥る。
あとは、さらに味方の士気を高めてやるだけだな。
決戦前、俺は兵士たちに対して、こう告げた。
「いいか。俺はフォードネリア伯としてお前たちをここまで率いてきた。一方、敵もナグーリ伯として俺に対峙している。どちらが自分の命を懸けるに値する人間か、お前たちはよくわかっているはずだ」
俺の手にはあの三ジャーグ槍が握られている。
オダノブナガという職業のおかげか、俺のカリスマ性は以前にも増して高まっている。
「すでに敵は敗れているも同然だ。だからお前たちのやることは勝つことではない。圧勝することだ! フォードネリアという土地の名前を全世界に轟かせろ!」
歓声が沸く。
俺は槍を突き立てる。
「今こそ、この三ジャーグの槍で訓練した成果を見せてやれ!」
さらに大きな声が俺を包んだ。
こちらが動員した数は三千人。はっきり言って、敵よりも少ない。
それでもこちらの兵は負ける気がしていない。実際にそうなるだろう。
まもなく、それが証明される。
開戦。敵は数に物を言わせて、突っ込んでくる。
あるいはすでに一族で裏切者が出た話を聞いているかもしれない。ならば、余計に早く俺たちを倒さないといけないだろう。
こちらの軍は高所を皆、保っている。付け城をさんざん築いてきたのだ。
そこから長い槍を振るう。
「なんだっ! この槍は!」「長すぎるぞ!」
槍で頭を砕かれた兵たちが次々に倒れていく。
付け城にこもっている者たちはこの三ジャーグ槍をずっと訓練してきた。
敵の出鼻ははっきりとくじかれる。もはや、ここは敵の領土ではない。俺が改造した俺のための土地だ。無数の付け城を攻略できずに敵兵の死者が増えていく。
やむなく、敵の将が撤退を告げる。
今だ。
「赤熊隊、白鷲隊、およびノエン隊、シヴィーク隊、ノエン隊から独立したマイセル隊、すべて攻め込め! 突き殺せ!」
「「うおおおっ!」」
野蛮人のような声とともに、俺たちは敵に殺到した。
初めて本格的な平原での戦いに三ジャーグ槍の部隊が活躍した。この日のために、槍の量産と訓練を続けてきたのだ。この部隊がいれば国すら盗れる。
結果はすぐに現れた。瞬時に敵は壊滅した。
逃げ出そうとする者が相次いでいるのがわかった。
農民兵も傭兵も命が惜しい。
総大将のコルト・レントラントは命からがら逃げていった。
多数の敵将を討ち取り、俺たちは完全勝利した。
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