30 本拠完成と侵略戦
アルティアが嫁いでいった後、俺はそれまで以上にマウストの都市開発にいそしんだ。
想像以上に人口が増えていて、当初の予定より、町の範囲を広げないといけなくなっていた。
その対策として、今、俺が政務をとっている丘の城の付近まで都市を拡大することにした。
ただし、そのあたりまで水路を細かく通すことは現実的に難しいので、大きな横の水路で川側と区切って、川寄りを川町、丘側を丘町とすることにした。大きな目で見れば、一つの都市だし、二つの都市が並んでいるという見方もできる。
そして、城を作り出して九か月ほどで、ついに俺はマウスト城に移った。
普段は城下と橋でつながってもいるが、それを落とせば、完全に川の中に浮かぶ要塞となる。
まず、俺は家臣団を新しい城の大広間に集合させた。
ネイヴル城とは比べ物にならないほどに広い空間だが、それでも家臣の数も増えているので、そうゆったりとしているようには見えない。
「諸君、今日からここが我々の政治、経済、その他すべての中心となる。まだ慣れない部分もあるだろうが、いずれ愛着も湧くだろう。少なくとも普請でネイヴル城に負けているところはどこにもない」
恭しく家臣団は俺の言葉を聞いている。
少しずつおなかのふくらんできたラヴィアラ。
老将として長らく俺を支えている老将シヴィーク。
隊長オルクスを筆頭にした赤熊隊。
同じく隊長レイオンを筆頭にした白鷲隊。
精鋭を率いる部将ノエン。
ワーウルフの財務官僚、ファンネリア。
マウストの商人上がりのオルニス。
その他、各地から集まってきた者たちで家臣団は成り立っている。ネイヴル家代々の重臣もいることはいるが、数の上で多数派というほどではない。
「では、一つ、俺の目標を語るとしよう。まだ、誇大妄想と笑ってもらってかまわない。ただ、その妄想を実現するつもりではいる。俺がわずか三つの村しか支配してなかった時から、これだけの土地を手にするつもりでいた。やることはそれと大差ない」
少し間を空けてから、俺はとうとうと話す。
「現在、王家は混乱の極みにある。王統は二つの系統に分かれ、その両方に有力な重臣や豪族がついて、何度も王都の奪い合いを演じている。このサーウィル王国で暮らす者として、実に嘆かわしく思う。そこで――」
俺は一人ずつの顔を見ていく。
どうやら誇大妄想と思う奴は誰もいなさそうだ。
「――王都に入り、傾いている王家を立て直す手伝いをする。王のそばで仕えて、国の混乱を取り除く」
おそらく、半分ぐらいの者が王を傀儡にして権力を握ると考えているのだと思っているだろう。
近いが違う。
俺は自分の王国を作るつもりでいる。
無論、簡単な道ではないが、俺が家を継いでからすでに領土は六倍程度になっている。
今からさらに領土を六倍にすることができれば、それに打ち勝てる勢力はそんなに多くはないだろう。
「そのために君たちには全力で働いてもらいたい。厳しい課題も出すつもりだが、褒賞も出せるだけのものを出そう。一郡と言わず県を封土にする者もこの中から現れてもおかしくない。そのつもりで働け。では、最後に声でも合わせるか」
俺はあの長い槍を取った。大聖堂からもらったものだ。
その槍で床をどんと叩く。
「我らに栄光あれ!」
「「栄光あれ!」」
声が新しい城を満たした。
――特殊能力【覇王の霊気】発動。この職業の者が覇王たる居城で、覇王として振る舞っている間、その親族も含めて老化が極端に遅くなる。
また、何か手に入ったらしいな。
親族ということは妻もそうなるのか。セラフィーナやラヴィアラの美貌を保てるならありがたいことだ。
――若々しさが保てるのだから、もっと喜べ。張り合いのない奴だ。
そんなものよりは領土を広げるほうが大切だ。まずは県の統一だな。北の残り三郡を手に入れる。
――小領主が多く集まっているところであるな。お手並み拝見といこうか。
高見なのかどうかはわからないが見物しておいてくれ。
俺は赤熊隊・城鷲隊の親衛隊およびシヴィークやノエンが指揮をとる精鋭部隊を集めた。
「俺の配下に入っていない三郡の中に、協力的でない子爵がいる。これを攻め滅ぼす。はっきり言っておく。徹底的にやれ。砦の中にいるような者は一人も生かして出すな」
「伯爵、ご確認よろしいでしょうか?」
ノエンが尋ねた。三十代なかばの脂が乗りきった武人だ。
「今回の敵は村落の近くにあるため、近隣住民も逃げ込んでいる可能性があり、兵士との区別が困難です。その場合は――」
「砦にいる者は殺していい」
あっさりと俺は返答した。
「すでに領主だけでなく、村落にも伝えている。『砦の中にいる者は皆殺しにする。これは脅しではない』と。これでもまだ砦に籠もるならば、戦闘員とみなす」
「わかりました。その確認ができれば、それでよいのです」
ノエンがうなずいた。
「それで、砦を落とす方法ですが、じっくりと囲んで敵の消耗を狙いますか? 定石であればそういう戦略になりますが」
「何のためにお前たちを集めたと思っている? 力押しで攻めて、落とせ」
「わ、わかりました……」
ノエンは今度は少し恐れたように、うなずいた。
「まだお前たちは俺の意図を理解しかねているようだから、説明するぞ。初戦の敵を一気に全滅させれば、後ろで控えている敵はどうなる?」
老将シヴィークが一歩、前に出ながら言った。
「恐怖して、多くの者はとても戦えないと思います。農民からかき集めた兵であれば、逃亡を企てるでしょう」
「そういうことだ。初戦で力の差を見せつければ、敵はすぐに服従する。これは希望的観測だが、初戦が上手く決まれば、もう戦はないまま、敵領主を平定できると思っている」
だから、多少の無理をしてでも、最初の砦を叩きつぶす。
俺の勢力がこれまでの領主と質的に違うということを思い知らせる。
「それに、戦争を長引かせると、もっと厄介な敵を呼び込むことになるからな。それは勘弁願いたい」
「ナグーリ県のコルト・レントラントですな」
やはり、シヴィークは経験が豊富だから、頭の回転も速い。
「そういうことだ。連中は領主の救援を名目にこちらに兵を出してくる」
もともと残り三郡の領主はナグーリ県のレントラント家とも友好的だった。それが小領主の安全保障だった。
「俺は最初から小領主を滅ぼして県の統一をすることなど目的にしていない。目的はナグーリ県のレントラントを滅ぼすことだ。今回の戦は――その第一段階にすぎん」
この言葉に兵士たちも驚いているようだった。




