3 砦の陥落危機と特殊能力
自分の屋敷に帰ったら、すぐにラヴィアラが兄の仕打ちにキレた。
「あまりにもひどすぎます! ナグラード砦に行ってこいだなんて! 最初からアルスロッド様を殺すのが目的みたいなものじゃないですか!」
「しょうがないさ。砦を守らないとまずいのは事実だし、それなら領主に近い者が行くほうが士気が高くなるのは事実だ」
「それなら、領主様本人が行けばいいんです! そこに行かないのは戦争が怖いからなだけじゃないですか! どうせ砦が落ちたらネイヴル領も危険にさらされるんですよ!」
それは、まあ、そのとおりなんだよな。
バカな兄に余計なことを言って怒らせてしまった。本当にバカだから、ついやり返してしまった。
「あの、いっそ、敵であるミネリア領に内通いたしませんか?」
ラヴィアラの瞳は真剣だった。真剣だけど、危なっかしい話題だ。
「お前な……。もし、ここに兄の間諜でもいたら、どうするんだよ!」
「領主は家臣に恩情をかけるからこそ、家臣に慕われるものです。その恩情がなく、卑劣な仕打ちをするだけなら、家臣にも見放す権利があります。それに『百年内乱』の時代において、裏切りなど珍しいことではないはずです!」
ラヴィアラはどうにか俺を生かそうと必死になっているんだ。それぐらい、ナグラード砦の防衛戦は激しい戦いだ。川のすぐそばの段丘に立っているから攻め込まれづらいとはいえ、度重なる攻撃を受けて、いつ失陥してもおかしくない。
「アルスロッド様、こんなところで死んだら何にもなりません! それに敵のミネリア領側もネイヴル領の領主の弟が裏切ったとなれば、それを旗印に使えると考えるはずです! ミネリアの家臣という立場で、このネイヴル領を治めることすら夢ではありません!」
ラヴィアラの言葉に俺の心もちょっと揺れそうになった。
たしかに上手く立ち回れば、自分の地位をかえって高めることすらできるかもしれない。
だが、そこによろよろと妹のアルティアが入ってきた。
「お兄様、お帰りなさい……」
俺にあいさつするなり、アルティアはせき込んだ。昔から病弱なのだ。
「アルティア、しんどいなら無理して出てくるな」
「でも、砦に行くという声が聞こえたもの……。そしたら、当分の間、会えない……」
俺はため息をついた。
「ラヴィアラ、やっぱり裏切る作戦はナシだ。アルティアを連れていけない。もし裏切ったらアルティアは――」
「そうですね……。見せしめにアルティア様のお命が……」
おそらく最初から兄のガイゼルは俺が裏切れないことぐらいわかっていたのだ。
アルティアを危険にさらすことなど俺にはできない。
かといって、病弱なアルティアを不衛生な砦に連れていくなんて、火のついた屋敷に押し込めるのと大差ないだろう。だいたい、どうして病弱な妹を連れていったのかと糾弾されたら、弁明のしようがない。
砦に兄の息がかかった人間が皆無と考えるほうがおかしいし、怪しい動きをしてもすぐに報告されてしまうだろう。
「やはり、俺が行くしかない。俺が行って勝てばいいんだ」
「ですが、砦に詰めているのはせいぜい二百五十人です……。敵の兵力はおそらく二千ほど……。百人ぐらいはアルスロッド様も連れていけるでしょうが、どちらにしろ心もとない数です……」
だいたい攻める側は籠城側の三倍の兵力が必要だと言う。
逆に言えば、二千の敵を防ぐには七百ほどの兵はほしい。かといって、兵士が倍も詰めれば疫病が発生する恐れも高くなるし、兵糧も多くいる。少数精鋭で防げるならそのほうがいいという言い方もできる。
問題は少数で守っていると常に余裕がないということだ。
極度の緊張感で長く戦争を続けることはほぼ不可能だ。どこかで気がゆるんだところを落とされかねない。少なくとも敵を押し返すようなことは絶対にできない。
「心もとなくてもやるしかない。それが俺の仕事なんだ」
どうか、オダノブナガがすごい職業でありますように……。
●
俺とラヴィアラを先頭に、百二十人の兵士がナグラード砦を目指した。
ミネリア領との境界である川のこちら側の岸にある砦だ。
たしかに俺の着任とともに戦意は一時的に上がった。兵士たちは自分たちが見捨てられてないと認識したらしい。
自分たちが捨て石だと思った途端、兵士は逃げ出したり、裏切ったりするから、その点は大事だ。誰だって喜んで死んだりはしない。
けど、敵の攻撃は散発的に続いていて、予断はまったく許さなかった。それどころか、そろそろ敵が総攻撃を仕掛けてくるという話すら出ていた。
これまで砦を押さえていた城将シヴィークと秘密裏に話をした。
「実は、砦への登攀路を確実に敵の工作兵に作られていまして……いずれ、連中が一気に攻め入ってくるかと思われます……。それがいつかはわかりませんが」
「そんなことになったら、この砦は持つと思うか?」
「砦自体は頑強です。だからこそ、ここまでもっています。ですが、かなり兵士は疲れきっております。一度門を突破されると……」
状況は思っていた以上に悪い。
むしろ、だから俺が入ったってことだろう。俺が来たせいで、砦が延命すればそれはそれでいいし、俺が死んでも兄は個人的にうれしいんだろう。くそ、兄のガイゼルにはいつか復讐してやる!
しかし、その前に俺が生き残らないといけなくなった。
まさに俺が城将シヴィークと話をしていた日の夜のこと。
「敵が攻めてきたぞ!」
そんな声が飛んできて、跳ね起きた。
やはり、敵は一気にこちらの砦を落とすつもりか!
だが、そこで絶対にありえてはならないことが起こった。
「門が開いているぞ!」「かんぬきはどこだ!」「門のつけ金まで外されている!」
門が使い物にならなくなっていた。
こちらの門が開いたということは、敵に寝返っていた兵士がいたということだ。
こちらは数では負けている。門の中まで入り込まれたら、終わりだ!
「ラヴィアラ、絶対に俺から離れるな! まずは状況を把握するからな!」
「はい! エルフの母から教わった回復魔法を使いますから、アルスロッド様もラヴィアラから離れないでくださいね!」
ラヴィアラは俺より少しだけ早く生まれているから、年齢的にはもう職業を手にしてもいい歳だが、まだ神殿に行っていない。主君である俺より先に大人となるのを気をつかったのだろう。年齢的に結婚してもいいのに、まだなのもおそらくそのせいだ。
とはいえ、職業を持っていないとしても、すでにラヴィアラは十分な力を持っていた。個人的に魔法を習得していたのだ。エルフは魔法に秀でいている者の割合が高いので、おそらくそのせいだろう。弓矢の腕もかなりのものだ。
すでに砦の敷地内にかなりの敵兵が入ってきていた。鎧に書いてある紋章がモロに隣のミネリア領のものだった。
「一度、敵が入ってきているってことは、おそらく総攻撃だろう。夜襲の意味もあるから全員じゃないとしても五百人は攻めてきてる恐れはある」
「五百人! そんなの勝てませんよ!」
中には攻撃魔法を使えるのか、かまいたちで敵兵の体に切り傷をつけている者もいたが、多勢に無勢だった。夜に攻められたということもあって、ただでさえ、こちらの兵士は動きが遅い。
もし、ここに魔法剣士でもいれば一人で敵を次々に倒して、事態を打開できるかもしれないが、そういうのは軍記物の世界の話だ。
常識的に考えれば、このまま城は落ちる。
城将シヴィークが俺のところにまでやってきた。すでに革の鎧に弓矢が刺さっている。
「残念ですが、もはやこれまででございます。全員で討ち死にするしか……」
たしかにもう撤退も間に合わないか。
あまりにもあっけない人生だった。それこそ大人になったばかりなのに、まだ一か月も経ってないぞ。
あっけなさすぎて、悲しみすら起こらない。だから、弱小領主の次男坊なんて嫌だったんだよ。
なんとか、ラヴィアラだけでも逃がしてやりたいけどな。
「ラヴィアラ、お前は逃げろ。お前ひとりぐらいなら、なんとかなる。男の兵士には絶対に捕まるなよ。お前、すごくかわいいから」
「こんな時にかわいいと言うのやめてくださいよ……」
ラヴィアラは泣いていたが、それでもまだ諦めていなかった。
「ラヴィアラは戦いますからね。それがアルスロッド様に仕えてきたラヴィアラの仕事です!」
「じゃあ、お前を助けるにはどうしたらいいんだよ?」
「敵を全部追い払ってください」
いたずらっぽくラヴィアラは言った。
そんなことできるわけない。冗談みたいなものだ。
けど、その時。
なぜか根拠のよくわからない自信みたいなものが湧いてきた。
――これぐらい、乗り越えられる。なにせ、お前は覇王になる可能性を秘めた職業を手にしているのだからな。
内なる声とでも言うようなものを聞いた気がした。
まさか、オダノブナガという職業は……そんなとんでもないものなのか?
俺は剣を抜いた。
重い鎧を着こんでいる暇はないが、その分、動きやすくはある。
「ラヴィアラ、じゃあ、お前を守ってやる。よく見とけよ」
「わ、わかりました……! それでこそ、アルスロッド様です!」
一瞬、ラヴィアラはあっけにとられていたが、それでも俺に笑みを見せてくれた。
剣術はそれなりに習ってきたんだ。あっさり死ぬことはないさ。
敵に向かって飛び出す。
その瞬間、また内なる声が聞こえた。
――特殊能力【覇王の力】発動。身体能力、戦闘中に限り、二倍に。
特殊能力というのは、その職業についてかなりの技量を積まないと手に入らないもののはずだ。職業が何かもわかってない人間が使えるわけがない。まして、二倍なんて無茶苦茶だ。すぐに常人が超人になる次元の変化じゃないか……。
しかし、たしかにそう聞こえた以上はそれを信じるしかない。
頼むぞ、職業オダノブナガ!
明日も複数回更新予定です! よろしくお願いします!