28 南側の問題
お祝いの使者の応対をしたり、各地の神殿に安産祈願の祈祷をさせたりする一方で、マウスト城の建設もかなり進んでいた。
すべての施設を作るのには、まだまだ時間がかかるが、主になる建物はほぼ完成しつつある。
その間、余計な抗争などがないように、周辺勢力ともできるだけ穏便に対応した。県に残っている独立した小領主たちも大半は懐妊のお祝いなどに来たので、向こうも気にしているのだろう。
現状、最も怖いのはナグーリ県のレントラント家だが、頼りになる老将シヴィークなどに国境が接するあたりには城を築かせて、これに対応させている。ひとまずは平和な状態が続いている。
そんな中、フォードネリア県南部にあるオルビア県から領主の使者が来た。
オルビア県は県全域が山ばかりの急峻な土地で、そのため、一円的な権力が成立せず、盆地ごとに別の勢力がいるような状態だった。だが、尚武的な気風の民が住まう土地で、戦争となると、なかなかに強い。
やってきたのは直接にはこちらと領地を接していないタクティー郡・ナーハム郡の二郡を領する子爵の使者だ。郡と同じ苗字のナーハム家が支配している。
ナーハム家の使者は猫耳の獣人だった。猫耳の獣人には定住地を持たず、流浪の商売をしているようなものもいるので、おかしなことはない。もちろん、そのまま武将や家臣として登用されて、使者の役目をつとめる者もいる。
「このたびは両者の間に軍事同盟を結ぶことができればと思って、参上いたしました」
使者はなかなか堂々としていた。使者の質が悪ければ、領主自体が侮られるので、誰を派遣するかは大事な問題だ。
「今、ナーハム家は二郡の領主ですが、ほかの盆地に攻めこみ、だんだんと勢力を広げております。フォードネリア伯と同じように、わずか十八歳のブランド・ナ-ハム様が国力を充実させている最中です」
「そういえば、そなたの土地の子爵殿は十二歳で家督を継いでから、ご立派な活躍を続けているようだな」
ブランド・ナーハムの名前は俺も聞き知っている。山がちで統一の難しいオルビア県の統一に向けて動いているという。
「おそらく、今後、フォードネリア伯は北に向かって攻めていきたいと考えていらっしゃるはず。さすれば、王都までの道もやがて開け、たとえばですが、摂政や宰相として名を轟かせることもできますので。なので、南の守りを固めたいというお考えではないかと推察いたします」
俺は具体的な返答はせずに、ほくそ笑んでいた。
いい読みをしているじゃないか。
東方にある王都を目指すにはナグーリ県を奪って、そこから進むのが一番楽ではある。というか、ナグーリ県を支配すれば、動員兵力は急増する。
大きな兵力がないと王都近辺の勢力が妨害をしてきた場合、倒すことができない。王都近辺は農業の先進地帯であり、結果的に地方と比べて人口も多いのだ。つまり、兵力も多い。
王都の隣の県はもし統一ができれば、一県だけで一万を超える軍を出せるとかいう話もある。実際は一つの勢力にまとまってないが、それだけの力を持っている連中が同盟してくると、王都への道は閉ざされる。
「たしかに、王朝を支えることができれば光栄なことだが、だいそれた話だな」
わざわざ本心を言う必要はないので、きれいごとを口にする。
「現在、王朝はなかば分裂状態にあります。それを統一すれば、天下の功臣ですし、あるいは王となることを推薦されることだってないとは限りません。あくまで、個人的な見解ですが」
王家のほうから、王家を譲り渡してくれるか――そうなれば最高だが、いまだそんなことに成功した領主はいない。
「そなたのお世辞として受け取っておこう。俺は王位を望むなどという無礼なことは考えたこともない」
――ウソをつくな。王になると言っておったではないか。
心の声は黙っててくれよ。本音と建前だ。
――すまん、すまん。覇王もわかっておる。それに、こういうのは状況も大事であるしな。覇王ですら当主になった頃は十三代将軍の義輝公の助けになれれば程度にしか思っていなかった。
たしかに王が英明だとどうしようもないな。
――本格的に天下を狙えるかと思ったのは、義輝公が殺されて、その弟を都に送り込む算段がついてからだ。それすら、ゆっくり時間をかけて、将軍権力をじわじわと奪っていったのだ。身分の上で将軍と同等以上になるまでは、将軍を殺せる機会があっても、絶対にそうせず、追放した後でさえ、その子供を将軍に据える計画さえ立てた。
つまり、慎重にしろってことだな。
余計なことをして妬まれても面白くない。想いはできるだけ心の中と、話すとしてもせいぜいラヴィアラとセラフィーナの間ぐらいにとどめておこう。
使者には同盟を考えておくと言って、ひとまず帰らせた。南側は進路にも考えてなかったので、どちらかといえば二の次にしていた。
実のところ、よさそうな案はあった。
ただ、それを提示するのを少し戸惑っている部分もある。
少し散歩でもして考えようと思い、中庭に出た。
そこではセラフィーナと妹のアルティアがエアーボールという遊びをしていた。
木のラケットで、球を落とさないように打ち合うゲームだ。真ん中にネットがあって、これより奥に入れないといけない。
ちょうど、アルティアがネット前でジャンプして、セラフィーナの陣地に球を落とした。上手くブロックが決まった形だ。
「アルティアさんは強いわ」
「頭脳派だからね。ここにしか返せないというところに打てば、次の防御が上手くいくから」
アルティアはちょっとドヤ顔をしていた。
「おいおい、セラフィーナ、子供がいるんだから、無理はしないでくれよ……」
「あまり出歩けないから、少しだけ運動をしているの。アルティアさんみたいに跳ねたりはしていないから安心して」
たしかにセラフィーナは汗もかいていない。どうやら、ほとんど同じ場所から動かずにゲームをしていたらしい。
アルティアのほうはかなり活発に動いていたのか、汗をかいている。
「アルティアも、すっかり元気になったな」
最近は大病を患うこともなくなり、顔色もいい。
「はい、これ以上、お兄様のご迷惑にはなれないから」
「別にお前が迷惑だなんて思ったことはないぞ」
アルティアは唯一の親族と言っていい存在だ。親戚はほかにもいるが、本当に心を許せるとは言えない。親戚は伯爵の地位を奪うことも可能な存在だからだ。
「だって、まだお兄様の元にいるんだもの」
やっぱり、アルティアも領主の娘だなと俺は思った。
いい心構えだと思う一方で、寂しくもある。
アルティアは胸に手を当てて、毅然とした態度で言った。
「政略結婚で、どこかに嫁ぐ準備はできているから」




