27 おめでた中のおめでた
俺は領主の執務室にラヴィアラを呼びつけた。
こんこん、とラヴィアラがノックしたのがわかった。ノックの音で誰かすぐにわかる。本当に長い仲なのだ。両親もとっくの昔になくしている俺にとっては、きっと人生で一番長く一緒に過ごしている人間だ。
「ラヴィアラ、入ってくれ」
「いったい、どういったご用件でしょうか? 用水路の整備は予定どおり進んでいます。町が川沿いにあると、土掘りが上手いドワーフの労働者が入ってくるのでいいですね」
「ああ、仕事の件ではないんだ……。そうだな、そこに立っていてくれ……」
座ったまま言うのはラヴィアラに失礼な気がして、俺も政務用の机から立ち上がった。
ラヴィアラの真ん前に立つ。
「あらためて思ったんだけど、いつ、俺ってラヴィアラの背を抜いたんだろうな?」
「何ですか、いきなり……。そうですね、十二歳の頃まではラヴィアラのほうが大きかった気がしますね」
ラヴィアラはもしかしたら、俺以上に俺のことを覚えているかもしれない。
「あの頃はまだアルスロッド様、弓矢もあまりお上手ではなかったですね。剣の練習でもだいたいこちらが勝ってましたね」
「おい、余計なこと言うな」
目を合わせて、二人で笑った。
今は領主と家臣の関係というより、幼馴染の関係のほうが強い。
「でも、そのあたりからぐんぐんアルスロッド様は強くなられたんですよね。体もそれに合うように大きくなって、二年もすると、ラヴィアラは剣だとまったく勝てなくなりました」
「その代わり、お前はそこから弓矢に一点特化させて、とんでもない弓使いになったんだけどな」
ラヴィアラと話しているだけでやさしい気持ちになる。ラヴィアラがいなかったら、俺はきっとここまでやってこれなかっただろう。
「それで、いったい何のご用だったんでしょうか?」
ラヴィアラが大きな瞳で首をかしげる。
ここはちゃんと伝えないとな。別に恥ずかしいことじゃないんだし。
「いずれ、発表することではあるんだけど、お前には先に伝えておきたかった」
「はい、ありがとうございます、アルスロッド様」
「用件を言う前から、礼を言わなくてもいい……」
わかっている。間違いなくラヴィアラはおめでとうと言うはずだ。少しも寂しそうな顔を見せたりなんてしないだろう。
でも、ハーフエルフは子供ができづらいのは本当なのだろうかと心の隅で悩んだりしないだろうか。
そのことがラヴィアラの夫として気がかりだ。
「ほら、言いづらいこともあるかもしれませんが、言ってくださいよ、アルスロッド様」
よし、覚悟は決めた。
「あのな、ラヴィアラ、セラフィーナとの間に、子供ができた。おめでたというやつだ」
「ほ、本当にですか!」
ラヴィアラが大きな瞳をさらに見開いた。かなりの衝撃だったらしい。
「こんなウソをつくわけないだろ。さっき、聞いたばかりなんだ。性別もわからないが、今の時点での跡継ぎ候補ということになるな」
「そうですか。とても、とても、よかったです。ラヴィアラもとてもほっとしています」
「ラヴィアラにまでそんなに心配されてたのか」
言ってしまえば、どうということはない。気分も楽になった。
「これで、ラヴィアラも言いづらかったことが言えます……」
「えっ!? どういうことだ、それ……」
そんな話、聞いてないぞ。いや、言いづらかったことと言われたんだから、聞いてるわけはないのだが。
ラヴィアラが俺に隠し事をしてるなんて考えられないのだけど。俺は俺でラヴィアラの癖から性格までほぼ完璧に把握してるつもりでいた。
まさかとは思うが……間男なんているんじゃないよな……?
ラヴィアラの美貌は文句なしだ。ラヴィアラの母親、つまり俺の乳母に当たる女性もエルフの中でも昔からその美をうたわれてきた。
俺とラヴィアラの関係を知らない家臣はまずいないと思うが、誘惑に負けて言い寄る男がいることがないとは言い切れない。
「申し上げますね……」
ラヴィアラの顔がそこで、かぁっと赤くなった。
だけど、顔は罪の意識を感じているようなものじゃなくて、むしろとてもうれしそうだった。
「実は、ラヴィアラもつい先日、アルスロッド様のお子様を授かったみたいで……」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
「え、え、え……? 子供……? じょ、冗談じゃないよな……?」
「こんな冗談をつくわけがないじゃないですか」
さっき俺が言ったような言葉でラヴィアラに笑われた。
「ありがとう、ラヴィアラ!」
思わず、俺はラヴィアラに抱きついた。
セラフィーナに続いて、ラヴィアラも! こんなにおめでたい日はもうないんじゃないか!
「先日、体調を崩したことがあって、お母さんに話したら、それは子供ができた症状だと言われまして……」
ラヴィアラの声には安堵のようなものを感じる。
「本当にすぐに報告したかったんですが、正室であるセラフィーナさんへの当てつけになるんじゃないかなと思って黙っていたんです……。あの方がアルスロッド様との赤ちゃんがほしいと望んでいるのも知っていましたから……」
「なんだ、結局、みんな気をつかってたってことか」
妻が複数いるとこういうことになるのか。でも、もうそんな憂いも関係なくなった。
「ラヴィアラ、主君として命令する。必ず、元気な赤子を産んでくれ。そして、お前も健康に生きて、その子を育てること。わかったな」
「はい! その主命、果たさせていただきます!」
今、この領地の中で、俺より幸せな人間はいないんじゃないだろうか。
「それと、セラフィーナの子供のほうも乳母も、ラヴィアラ、お前がやってくれないか」
「はい、喜んで!」
「あとは、仕事のほうも疲れるようだったら休んでくれ。子供とお前のほうが大事だからな」
「もうしばらくは大丈夫ですよ。少なくとも、マウスト城で政務が行えるようになる頃までは働けますから」
後日、俺はセラフィーナと側室のラヴィアラが懐妊したことを家臣たちに伝えた。
しばらくはお祝いの使者がひっきりなしに来た。あまりに数が多くて、全部を二人に合わせると疲れさせてしまうので、俺が対応することにした。
領地が広がったせいで昔よりあいさつに来る人間の数も増えたし、とくにマウストの町が大きく変わろうとしているので、そこで利権を手に入れようとする商人の姿も目立つ。
なんというか、父親は父親で仕事が増えるものだな……。




