25 伯爵にふさわしい城
「だからこそ、この長さの槍を量産する。この槍を扱う部隊を作るつもりだ。名づけて三ジャーグ隊」
何人か冗談だと思ったらしく、笑っている家臣がいた。
たしかに俺もこの世界の兵法やら剣技やらを学んできたが、三ジャーグの槍を使う部隊も戦術も存在しないだろう。
「伯爵はユーモアのセンスもお持ちなのですな。いよいよ、稀代の名君と言えましょう!」
「悪いが、ふざけたつもりは毛頭ないぞ。とはいえ、誰でも軽々とこれが使えるとまでは思っておらん。オルクス、ためしにこれを振ってみろ」
呼ばれて赤熊隊の隊長であるオルクス・ブライトが出てきた。丸太みたいな足と腕をしていて、ここまで見た目から軍人とわかる男も少ない。
オルクスは槍を振り上げては、目の前に振り下ろすということを何度か繰り返した。
わずかばかり、体が揺れるが、扱えなくもないようだ。
振り下ろされるたびに「おおっ!」という声が上がる。長い分、迫力も段違いだ。演武とは違う面白さがある。
「さすがに普段の槍より倍ほど長いので、姿勢を保つのが難しいですな!」
「それでも練習すれば、お前はどうとでもなりそうだな」
「ですな! 赤熊隊にはオレが徹底的に教えこませます。オレだけ使えても三ジャーグ隊と呼べませんからな。それに槍隊は数が多くなくては意味がありませんので」
やはり、根っからの軍人だ。話が早い。
槍隊というのは密集形態を作り、そこで一斉に振り下ろすからこそ脅威となる。それで敵に接近を許す前に槍の威力で殴り倒すことができる。
もし、敵の守りが薄いと思えば、みんなで突き刺しにいってもいい。
どのみち、逃げ場がないぐらい固まるのが基本なのだ。でないと、槍と剣で接近戦になると、間合いに入られた時点で、槍はどうしようもなくなってしまう。
長い分、隙も多くなってしまう。これは技術以前に構造上の問題だ。
「もし、この長さで、槍の密集形態をとれれば、攻めるにも守るにも恐ろしい部隊になると思わないか? 騎馬すらこんなものを越えて分け入ることはできまい。馬の頭をかち割るのも容易だ」
「いかにも! それに見た目だけでも敵軍はおののきましょう! 必ずや、この化け物みたいな槍を使いこなしてみせますぜ!」
神官長からこの槍をもらった時に思いついたのだ。
神が使うために作られたこの武器を人間が扱ったらどうなるかと。
たしかに人間の体には限界がある。五十ジャーグの槍など持ち上げることもできなければ、鍛冶師が造ることさえできないだろう。
けれども、三ジャーグぐらいなら慣れれば使用することはできる。そして、偉大な力を発揮してくれるはずだ。
そこに不安げな顔をして、家臣が手を挙げた。
「わたくしの所領の民は非力で、とてもそんな槍を自在に動かせる自信がありません……」
「そんなことは承知している」
「ですが、その三ジャーグを超える槍を普及させるのでは?」
「まずは親衛隊――つまり、職業軍人に当たる者にやらせてみるのだ。農民の徴集兵すべてに使わせる気はないから安心しろ」
この槍は重い。だからこそ、腕力があって、かつ、厳しい訓練に耐えた者たちだけでないと連携もとれない。動きがばらばらな槍の部隊など、敵にこじあけてくれと言っているようなものだ。
――アルスロッドよ。やはり、お前は覇王と似たことを考えるな! 面白い、本当に面白いぞ! 覇王が用意した三間半の長槍戦法と同じである!
それは奇遇だな。でも、長い武器が上手く使えれば戦争が有利だって考えるのはどこでだって同じだからな。戦争には普遍性があるってことだ。
――まったくもってそのとおり。だからこそ、お前が正解を引き当てておるのがわかって、覇王も楽しいのだ!
正解と断言してくれるようなら、三ジャーグ隊は価値を持ちそうだな。
●
さて、ここからしばらくは武器をとらない仕事だ。。
俺はフォードネリア県に残っている独立勢力に、懇切丁寧な書状を送った。
内容は要約すると――これまで不届き者や大聖堂をないがしろにする者を討伐することで忙しかったが、そちらも片付いた。今後とも仲良くしていこう――といったもの。
言うまでもなく、口だけのものだ。外交の言葉を全部鵜呑みにしているような領主は、とっとと神官にでもなったほうがいい。
それでも、表面から残存勢力を刺激するのは愚かなことだ。一つ一つの勢力は弱くても北のナグーリ県のレントラント家に助けを求められると厄介だ。
レントラント家は代々ナグーリ県を支配している伯爵家だ。戦争がそう強いイメージはないが、ナグーリ県は人口の多い港湾都市をいくつも持っている。軍事動員力がこちらより多いのだ。
誇張かもしれないが、かつて一度の戦闘だけで五千以上の兵を動員したという話もある。かき集めれば、用意はできるかもしれないが、ほかの場所の防衛にも人員は割かないといけないわけだから、一か所に五千というのは破格と言える。
傭兵を個別に持っている港町などからも兵を集めたのだろう。
今、こちらが一度の戦争で動かせる数は三千足らずといったところだろう。といっても総力戦を行う必要性がないので、それだけの兵を集めたことはない。敵を倒すのは数百も兵がいれば、事足りていた。
病気と偽っている兄のところを訪れる時には、五百の兵を用意したが、あれはデモンストレーションだ。こちら側についた家臣たちから集められるだけの者を集めた。
仮にこの県の統一が成っても、動員できるのは四千に届くかどうかではないだろうか。実際は、それをさらに分散させないといけない。
もっとも、兵力の勘定の前にやらないといけないことがある。
俺はマウストの町に行き、城の設計について確認をしていた。
なにせ、この県ではかつてないような巨大建築物になる。現地に直接向かって、指示を出すぐらいでないと、まともに完成する保証もない。
「いいか? まず、城の北は川に面するようにする。むしろ、川の水を城のまわりに引き入れて、あたかも水に浮かぶような城にしてくれ」
設計のために集めた関係者は信じられないといった顔をしていた。
「水に浮かぶような城ですか……? たしかに防御機能は高いですが、この設計図ですと城下とつながってないような気がするのですが……」
今回の設計の総監督とでも言うべきオルニスが困惑したように言った。もともと、マウストの塩商人をしていた男だ。
すでに俺の勢力は小さな子爵の時代のもとは違う。だから、譜代の家臣だと理解が追いつかないことが多い。商人や他家の家臣だった者などを幅広く登用している。
「別にこれでいける。これと同時に既存のマウストの町にも水路を引くからな。その水路を使って、城のほうに直接向かえるようにする。もちろん、すべて船というわけにもいかないから、城下と城下を結ぶ橋も設けるが」
「これは、大工事になりますよ……」
「どれぐらいかかる?」
「三年は要するかと……」
「一年以内にやれ」
オルニスが絶句した。
まあ、やったことのない大工事なのだから尻込みしてしまうのもやむをえないか。
「わかった。では俺も陣頭指揮に立とう」
「わ、わざわざ伯爵様が立たれるのですか!?」
「城は、俺の家のようなものだ。自分の家ができる現場に来てもおかしくはないだろう?」
もっと具体的な勝算があった。特殊能力【覇王の道標】だ。労働者の集中力と信頼度も1.5倍になるとしたら、短期間で形にすることは無理ではない。
「こちらでも善処いたします……。しかしながら、とてつもない費用がかかる城になりますな……」
「財務官僚のファンネリアからは可能だと言われている。これからどんどんマウストに人間も集まってくるしな。今のマウストの人口はいくらだ?」
「千二百人ほどです」
「県都となれば、六千人ほどの規模にはなる予定だ」
「五倍でございますか!?」
いちいちおおげさに驚く奴だな。
それぐらいの人が集まらないようじゃ、富も集積できないんだ。




