24 城と槍
今回から、「水の城」築城編になります、といってもずっと話はつながってるのですが……。
「このネイヴルから川に面した港町マウストに城を移す」
俺ははっきりとそう宣言した。
わかってはいたことだが、何人か戸惑っている者がいる。顔を見ればわかる。
ずっと慣れ親しんだ土地を離れるのは名残惜しい。それは人間なら当然、抱く感情だ。
しかし、そんな気持ちより優先しないといけないものがある。
「ネイヴル城はあくまでも俺が一郡と半郡の領主でしかなかった時代の拠点に過ぎない。これから雄飛する時にここは小さすぎる。主要な街道からもずれている。そこでキナーセ郡のマウストに移る。そこに今の倍以上はある城を築く」
すでに重臣数人には城を移すことは説明していたので、彼らは驚きも見せていなかった。セラフィーナはこの場にはいないが、寝室で話していたら、「正しい選択よ」と喜んでいた。
「その……拠点を替えるのは県をすべて統一してからでもよろしいのではないでしょうか……。県が安定すれば、自然と資材を集めることも容易になるかと……」
ジルドネという俺の祖父の代から実に四代に渡って仕えている老家臣が言った。
その忠義は買うが、悪いが先見の明があるとは思えない。別にジルドネの責任ではない。昔はそのように仕えていればよかったのだ。
「どのみち、いつかはここを離れないといけない。それに軍資金を集めるためにも、早くマウストに移ったほうがいいのだ。あそこはなんといっても、川に面した港町だからな」
「それでしたら、ネイヴルにも多くの作物が入ってきて、にぎわっているではありませんか。財政難にあえいだ記憶はジイもほぼありませぬ」
俺が笑うより先にオダノブナガが笑っていた。あんまり笑われるとうるさいんだけどな。
――この老人はごく当たり前のことすら理解しておらんようだな。農業を中心にして得られる金額と、商業都市を押さえて入ってくる金額では、桁からして異なってくる。すでに商業都市としてそれなりに有名なマウストというところを、拠点にし、さらに発展させたほうが金になるに決まっているだろうに。
まったく、そのとおりだよ。
老人には金を稼ぐ必然性というのがよくわかってないんだ。残念ながら百年も二百年も安穏と領主をしていて安全という保証は誰もしてくれない。
少しずつだが、小領主は大きな勢力に吸収される流れになってきている。
隣のミネリアだってこの二十年ほどの間に、自分に従わない領内の家臣たちを滅ぼして、じわじわと外部に勢力を広げられる状態を作ってきたのだ。
無論、ジルドネのように考えが古いままの者もいるかもしれないが、そういう者はいずれ滅ぼされる。
あと、マウストに拠点を移したいのは、県の統一より先のことを俺が考えているからだ。川を下っていけば、北のナグーリ県に出られる。ミネリアと協調関係を保ちつつ攻めるにはちょうどいい方向だし、ナグーリ県には海に面した港町がいくつかある。
大規模な戦争なら大半は民から徴集した兵になってはしまうが、軍事力だけなら前回、親衛隊が活躍したように、職業軍人的な者のほうが強い。
そして、親衛隊の数を増やして、質を維持するには、それなりの金がかかる。今後、俺が大国化していくには、もっと金を集めるシステムが必要で、そのためには都市を押さえていくしかない。
それと、城の移転はふるいの役目を果たしてくれるかもしれないな。
「ジルドネ、たしかにお前のような老人には引っ越しは荷が重いだろう。なので、ネイヴルに残っておってもよいぞ」
「いえ……ジイはそういった意味で申したのではなく……」
俺のやり方に否定的な者はついてきてもらわないほうがいいかもしれない。
もっと素晴らしいアイディアを提示してくれるならありがたいけど、たいていは否定するだけの者だからな。
「ネイヴルもネイヴル家の故地であり、苗字の由来の地でもある。心配せんでも、ここが大事な土地でなくなるわけではない。城もつぶすわけではないから、守ってもらわないといけない。どうぞ、残ってくれ」
「いえ、ジイはマウストよりもこの土地が――」
ドンッ!
俺は槍を床に打ち付けた。
空気が静まりかえる。
「お前はこの県の中でネイヴルよりよい拠点になりそうな場所がないかと、これまで考えたことが一度でもあったか?」
「あ、ありません……」
「では、一県単位で土地を領しているような領主の城を見てまわったことがあるか?」
「ありません……」
「根拠のない諫言は流言飛語と同じだと心得ておけ」
「わ、わかりました……」
ジルドネは折れた。
ラヴィアラがそれでよいのだというふうにうなずいていた。ラヴィアラには俺の計画も細かく伝えている。本当によき理解者だ。
――新しいことをやろうとすると、必ず反発する者が現れるのもどこでも同じなのだな。
オダノブナガもそうだったのか。
覇王と言ってる奴が、保守的なわけがないが。
――伝統というものには間違いなく価値がある。覇王も使える時はそれを最大限に使おうとした。世間の評判にも気をつかった。だが、伝統もまた利用するものだ。何も考えずに守っていけばよいものではない。
ご高説痛み入るよ。あんたの考えは参考になるのが多い。
もしかすると、職業オダノブナガの最大のボーナスは、このアドバイスかもしれない。
オダノブナガがどこかの世界で覇王と呼ばれる存在になったのだとしたら、俺は覇王から直接意見を聞いているのだ。
間違いなく、この世界のどんな賢人からありがたいお話を聞くよりも価値がある。
「お前たちが不安なのはある種、当然だ。こんな広い土地を持つ領主に仕えたことなど、ないのだからな。常識もおのずと変わってくる。俺がやろうとしているのは風変わりなことではなくて、現実主義的なことだ」
威厳は見せても、怖い君主と思われるのはよくないので、俺は笑みを浮かべてみせる。
「そう心配するな。いくらなんでも一日や二日で引っ越すわけではない。ただ、マウストの地理ぐらいは今から勉強しておいてくれ。それと、もう一つ考えていることがあるので、ここで話しておく」
俺はもう一度、槍を床に突きつける。
ただし、さっきほどの力は込めない。威圧するのが目的ではないからだ。
「この槍は、大聖堂からいただいたものだが、実に長い。三ジャーグを超える」
一ジャーグは長身の男一人の背丈に匹敵する。一ジャーグの男と言えば、自動的に立派な巨体の人間とわかる。
つまり、大男三人分以上の長さを誇る槍というわけだ。
「実に威風堂々としていますが、やはり神に奉納したものですな。武器には長すぎまする」
家臣の一人がそんなことを言った。
「たしかに常識から考えると長いな」
俺はほくそ笑む。
「だからこそ、この長さの槍を量産する。この槍を扱う部隊を作るつもりだ。名づけて三ジャーグ隊」




