23 フォードネリア伯に
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大聖堂に攻め込まずに、奇策で攻略したことで、ほかにもメリットがあった。
聖堂郡を離れる前日、神官長に大聖堂に招かれた。
俺は側近など数人だけを連れて、大聖堂に入った。その中には親衛隊の隊長二人もいる。仮に刺客がいても、十二分に撃退できる力がある。
神官長以下、大聖堂の人間が勢揃いして、俺を迎えてくれた。
「先日は、大聖堂をお救いいただき本当にありがとうございました。しかも、大聖堂自体を攻めるという選択を最後まで行なわず、ご辛抱強く耐えてくださったこと、いくらお礼を言っても足りません」
神官長はテンネーという男だ。もともとの出自は王都近隣に住む王家重臣の三男という。若い頃から僧籍に入り、五十年以上、各地の神殿で働き、六十歳を過ぎてからフォードネリア大聖堂の神官長をつとめている。
「いえ、伯爵として当然のことをしたまでです。これまでネイヴル伯を名乗ってまいりましたが、以前からフォードネリア県全体の安寧を夢見てきましたので」
「もはや、県のすべてに伯爵の威勢がとどろいたも同然。フォードネリア伯を名乗っていただいても何の不遜もございますまい」
神官長テンネーの言葉は、阿諛追従のケがなくもなかったが、俺の勢力がほぼ県全域を狙えるほどに広がっているのは事実だ。
あと、残っているのは県の北東部にある三郡のみだ。一家では一郡にも及ばない狭い土地を支配している中小領主が合計八家集まっている。
「フォードネリア伯を名乗るかどうかは居城に戻った時に考えておきます。まだ県すべてを支配したわけでもありませんので。それで、今回はどういったご用向きで」
「伯爵の武勇は神に仕える者でもよく聞き知っております。そこでその武勇に華を添えるものをお渡しすることができればと思いまして」
神官長は部下に目で合図をした。すぐに部下が細長い木箱を持ってきた。
「これは、何ですかね?」
「お開けください。伯爵に献上いたします」
俺が開くと、そこには極端に長い一本の槍が入っていた。
まるで槍自身が光を放っているかのように、まばゆくきらめいている。
見ただけでわかる。これはよほどの業物だ。
破邪の意味、あるいは戦勝の意味を込めて、有力な家が、武器を奉納することはよくあった。大聖堂になら、最高品質の武器を持っていてもおかしくない。
といっても、これは神が持つことを考えて作っているので、普通の人間が持つには長すぎるが。
「神に捧げられたものをいただくというのは……」
「そんなことをおっしゃらず、ぜひ、一度手にとってみてください。伯爵には伯爵らしい力の象徴が必要です」
たしかにサマにはなるかと思い、勧められて、俺もその槍を取った。
初めて持ったものとは思えないほどに手になじんだ。
――おお! これぞ王者にふさわしい武器だ! この槍を試すためだけに戦を起こしたいほどだ!
オダノブナガ、お前にも武器のことがわかるのか。
――武具に興味がない武人などおらぬだろうが。とはいえ、収集するとなると、茶器のほうが好きだったがな。茶器のほうが面白みがある。
茶器? えらく覇王らしくない趣味だな。
――そんなことはないぞ。むしろ、茶を楽しむのは自分がもたらした平和の象徴だ。鎧姿で王に即位する者はいない。覇王はいつか武器を捨てねばならんからな。本人が戦に明け暮れているということは、いまだ覇王ならずということだ。
意味はわかるが、少し悲しくもあるな。戦うことは戦うことで面白いし。
そんなことより、オダノブナガは気になることを言っていた。
お前はこれを武器と認識しているのか?
――妙なことを聞くな。これはまごうかたなき槍ではないか。
ひらめくものがあった。
「本当にいただいていいんですか?」
「はい。実のところ、もう少し大聖堂内の騎士が横死するのが遅ければ、こういった貴重な武具を持ったまま逃げられる恐れもありました。今の我々で大聖堂の持ち物を守ることすらかなわないのです。それならば、フォードネリア伯に献上するのがよいと思いました」
「ありがたく、ちょうだいいたします」
俺は恭しく、礼をした。
この槍には記念品以上の意味がある。
●
俺はネイヴル城に凱旋した。
城に戻ったら笑顔でセラフィーナに歓待されるかなと思っていたのだが、セラフィーナはむしろ泣き顔だった。
「もう! 旦那様! こんなに長い間、独りぼっちにしないでよ……。寂しくて、寂しくて、たまらなかったわ!」
セラフィーナは俺の胸に飛び込むと、ぽかぽかと力をこめずに胸を叩いた。怒っているんじゃなくて、口で言ってるように寂しいというのが本心だろう。なんだか妻というより、妹が増えたような感じだ。
周囲も俺とセラフィーナを、仲睦まじい伯爵夫婦として温かく見ていた。戦争では冷徹なぐらいなほうがいいけど、妻の前では俺もやさしくありたい。
「戦争も仕事なんだからしょうがないだろ」
「だって……軍人であるラヴィアラさんは連れていったでしょう……。きっとラヴィアラさんと楽しんでたんだわ……」
俺はちょっとまずいと思った。ラヴィアラのほうを見たら、やっぱり顔を赤くしていた。
「それは……まあ、戦争が一段落した時に、ほどほどにだ……」
「やっぱり。旦那様、あくまでも正室はわたしなんですからね」
そこに妹のアルティアが顔を出してきた。ちょっと、ジト目になっている。
「お兄様がいない間、セラフィーナさんはお兄様の無事を祈ってたからね。奥さんのことを大事にしてあげてね」
「ああ、わかった……」
いつのまにか妹と妻の仲がやけに密接になっている気がする。年齢も近いしな。
その数日後、俺はあの大聖堂で手にした槍を手にして家臣一同に相対した。
「俺はこれまでネイヴル伯を名乗ってきた。だが、大聖堂も無事に守ることができ、神官長より県の名であるフォードネリア伯を名乗るべきとのご教示を受けた。そこで今日よりフォードネリア伯として臨むこととする」
異議を唱える者はいない。
俺は鷹揚にうなずく。
「それでは、フォードネリア伯として最初の仕事を行いたいと思う」
どこからか「ついに県を統一するべき時ですね!」などといった声がかかる。
結論から言うと、違うな。そんなことは後回しでいい。
「このネイヴルから、川に面した港町マウストに城を移す」
次回から、マウスト「遷都」編に入ります。




