2 聞いたことのない職業
さあ、頼むぞ、魔法剣士と言ってくれ!
これで、俺の人生が決まる!
神官も神の声を聞いているのだろうか。長い、長い沈黙があった。こういう無言の時間は長く感じるものだろうけど…………。
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それにしてもやけに長くないか?
「な、何でしょうか、これは……? 神よ……?」
老齢の神官が妙なことを口走った。
もしかして、そんなとんでもない職業が神託として降りたのか?
滅多にないことだが、大魔法使いや大賢者のような、その職業の上位交換バージョンみたいな職業を言い渡されることもある。そうなると、関係する能力の成長が大幅に上昇して、立身出世の可能性も必然的に高くなる。悪いことじゃない。
「間違いないということですな……。神を疑うようなマネをしたこと、お許しくださいませ……」
やはり神官は信じられないと驚いていたのだ。
よし、俺の未来がここから開ける!
「目を開けてくださいませ」
俺は目を開いて、神官のほうを向いた。
「俺の職業は何でしょうか?」
「アルスロッド様のご職業は――――オダノブナガでございます」
「オダノブナガ?」
一度も聞いたことのない職業名だった。というか、何をする職業なのか見当もつかない。
「すいません、そのオダノブナガというのは、どういった職業なのでしょう……?」
「そこまでは神も教えてくださいませんでした……。ですが、間違いなく職業は織田信長であると……」
「そんなバカな! 何をするかわからない職業が向いていると言われても目指しようがないじゃないですか!」
俺はうろたえた。この日をずっと待ちわびていたのに……。魔法剣士を目指して、努力もしていたのに、オダノブナガだなんて……。
「これは何かの間違いです! もう一度俺の職業を神に尋ねてください!」
「神を疑うことはできません。とはいえ、わたくしも不安になって、神に聞いたことのない職業ですが合っていますかと確認をいたしました……。問題はないということでした。変更することはまかりなりません」
そんな……。
俺はオダノブナガという職業を背負って生きていかないといけないのか。
そもそも何語なんだよ……。意味がまったくわからん。「干物の商人」みたいな意味で、「オダのブナガ」ということなのか? オダもブナガもわからんから、結局手がかりにもならない。
「と、とにかく……アルスロッド様にはオダノブナガという職業の加護が与えられます。その加護に沿った生き方をすれば安寧と発展が約束されましょう」
テキトーなこと言いやがって……。オダノブナガに沿った生き方って何なんだよ……。言葉の意味もわからないんじゃ、沿いようがないだろ……。
「まさかと思いますが、兄上にイヤガラセをするよう、言われただなんてことはないですよね?」
俺の兄はこの土地の領主だ。神官といえども、その兄には逆らえない。祭礼にかかる多額の金など、領主が援助しないと立ち行かないからだ。完全に領主と癒着している神殿も珍しくない。
「それだけはありえません! わたくしは神の言葉を正しくお伝えしただけのことでございます」
ウソを言っているわけではないようだ。だからといって、オダノブナガが何かさっぱりわからないけど。
よほど意気消沈していたのか、ラヴィアラのところに行くと開口一番、「元気を出してください」と言われた。
「元気なんて出るわけないだろ……。俺の適性職業はオダノブナガだぞ……」
そしたら、ラヴィアラにぎゅっと抱きつかれた。
「ラ、ラヴィアラ……?」
「こ、こうしたら、元気出ますか……? ほら、人って抱きつかれるとちょっと安心するって言いますし……」
ラヴィアラも俺のことをかなり心配してくれてるのは、よくわかった。
「つらかったですよね……。せっかく、この日のために努力してきたのに……」
「ありがとう、ラヴィアラ。気持ちもまぎれたよ」
悔やんでも何も結果は好転しない。せめて前向きにならないと。
「職業を知って、俺も大人になったんだ。子供みたいにうじうじしていられない。今から切り替える」
「アルスロッド様、ご立派です」
「それに、オダノブナガが恐ろしくチートな職業かもしれないからな」
●
兄が治めるネイヴル城に行って報告したら、げらげら笑われた。
「はっはっは! まさかそんな謎の職業になるとはな! せっかく魔法剣士を目指していたらしいのに、残念だったな!」
ムカつくけど、「オダノブナガだってすごい職業だぞ」とか言えないのが、つらいところだ。
「この私が職業を言い渡された時は戦士だった。ごく普通の職業だと思ったが、オダノブナガよりはマシだったな。神に感謝せねばならぬ」
とりまき連中もくすくす笑っている。
呑気なものだ。どうせ、ネイヴル領は小さな勢力にすぎない。西部のミネリア領とまともに戦えば滅ぼされる恐れだってある。というか、実際にそれなりにピンチなのだ。
領主階級に産まれてうれしいと思ったことがない理由の一つはそれだ。
大領主ならともかく、中小の領主は政治判断を一度でも間違えると、殺されてもおかしくなかった。それなら、そういった恐怖から無縁の農民でもやったほうがよかったかもと思うこともあった。
「そういえば、戦士として戦場に出た初陣で、兄上は大敗されたのでしたっけ」
兄の顔が赤くなった。わかりやすい奴だ。
この兄は決して戦争は強くない。むしろ、戦士なくせにまともに敵を倒した経験もないはずだ。
「た、他人のことをとやかく言うな!」
鏡を見て、そのセリフを言ってくれ。大人げないから、父親の代から仕えている家臣の中には、顔をしかめている者もいた。無能だとわかってるんだろうな。
職業はその実力が高くなるにつれて成長ボーナスがあるが、戦士の場合は自動的に攻撃力と防御力がその時のものに二割増しになる。
戦士と認められた人間は、一対一なら職業が戦士でない一般人と戦って負けることはほぼないのだが、ガイゼルはよほど剣技の鍛錬などをサボってきたんだろう。
「しかし、アルスロッドよ、お前も大人になったことは確かなのだ。それ自体はめでたいことだな」
「ありがとうございます、兄上」
やっと兄らしいことを言ってきたな。
しかし、そこでまた兄はいやらしく笑った。
「そこでだ。早速、ミネリアの連中が攻めてきている城の大将として、出向いていってもらいたい。小さな砦だが、我が所領を守る重要拠点だ。死守するように」
「ナグラード砦のことですか?」
あそこはまさしく最前線だ。下手をすれば戦死する。
「そういうことだ。士気を高めるためにも、領主の弟であるお前が行くのは理にかなっている。ミネリアの連中を追い払え。おめおめ逃げ帰って、砦を奪われるようなことがあったなら、大将としての責任を取らせるからな。それが職業を言い渡された大人というものだ」
つまり、逃げ帰っても処刑されるということだ。
砦にいてもいずれ戦死する。
逃げても処刑される。
いきなり絶望的な状況に俺は立たされた。
「返事をしろ。お前は私の家臣に過ぎぬのだぞ。領主の弟だからこそ、やらねばならぬことがあるのだ。父上より受け継いだネイヴル領を守るために、命を懸けて戦ってこい」
たしかにネイヴル領を守ることが俺の役目ではある。
領主は領民と領地を命懸けで守らねばならない。それが領主の仕事というものだ。
やってやる。そして、生き残ってやる。
「わかりました。すぐにナグラード砦に参ります!」
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