19 妻は本当に才媛です
週間1位本当にありがとうございます! これからも精進します!
伯爵家同士の婚儀ということで、式典は盛大に行われた。向こうの土地からやってきた神官や修道女が、聖歌を歌い、俺とセラフィーナを祝った。
もちろん、純粋な愛だけの関係ではないと痛いほどによくわかっていた。それでも、俺はつい涙ぐんでしまった。あまりに式典が素晴らしかったからだ。
二人がどれだけ愛の強さと式典の出来・不出来は違う。それに俺とセラフィーナを結ぶ糸も決して弱いものじゃないとは思う。
「もう、旦那様、涙もろい英雄なんて似合わないわよ」
セラフィーナに指摘されてしまったが、
「そう言う君も泣いてるじゃないか」
むしろ、俺よりずっとはっきりと涙を流していた。
「だって、うれしいんだから仕方ないじゃない……」
これで後世の歴史家が二人は政略結婚だから愛し合っていないと書いたら、そいつは見る目がないということになるな。
義父になるエイルズも娘が喜んでいるのを見て、情にほだされたような顔をしていた。愛人の子を含めれば、何人いるかもわからないぐらい子沢山でも、そういう気持ちになるらしい。
式典が終わったあと、俺は妻になったセラフィーナをネイヴル城に連れて帰った。
ただ、セラフィーナは本当に利発な女だった。慣れない新居でおどおどしたりする前に、城の間取りなどを見て、すぐにこう言ってきた。
「このお城は旦那様の格に適さないわ。少し狭すぎるわね。この規模では城自体の敷地には千人が籠もることもできない。城下町を守る外側の堀も伯爵に見合うような大きなものにするべきよ。家格の問題だけでなくて、戦う相手もいずれ大きくなっていくかもしれないんだから」
俺はほかの家臣もいたけれど、セラフィーナの頭をその場で撫でた。
「君の見立ては正しい。いずれ、城の増築、あるいは拠点を移すことは考えていたんだ」
ネイヴルも悪い町ではない。俺の故郷なわけだし、愛着もある。
だけど、所詮は郡を治めていた小領主の城下町だ。内陸にあるので、利便性がいいとも言えない。俺が支配するほかの土地とも移動に時間がかかる。
「ちなみに、セラフィーナ、もし拠点を移すとしたら、どこがいい?」
「旦那様の領土も見ていたけど、マウストという大河に面した都市がいいわ。交易に便利だし、築き方次第では城の背後を川そのものにして堀の代わりにできる」
もう一度、セラフィーナの頭を撫でた。
「俺は君が庶民の娘でもお前と結婚しようとした」
「旦那様もそこがいいと思っていたのね」
「そういうことだ」
マウストは滅ぼしたマール子爵家の商業都市だ。俺も目をつけていた。とくにフォードネリア県は海には面していないので、海洋に出るにはこの川を下るのが一番速い。
「俺がフォードネリア伯を名乗れる頃には、本格的に移すことを考える。まずは同じ県に残っている勢力を一掃するつもりだ」
「そうね。英雄は戦争でしか示せないものだから」
そこに家臣がやってきて、「目を通していただきたい書類がたまっていまして……」と遠慮がちに言ってきた。ただでさえ婚儀で城を留守にしていたから、いつも以上に残っているのだろう。
これだと、セラフィーナに俺がじきいきに城や町の案内をするわけにはいかないな。
なにせ、かつてと比べても領土の広さがまったく違うので、政務にかかる時間も長いのだ。
「わかった。俺は仕事に戻る。誰か、我が妻にこの城を紹介してくれないか」
誰かいい人材はいないだろうか。セラフィーナに説明する役だから、女のほうがいいが……。
ラヴィアラと目が合ったが……やめておいたほうがいいな。
「ラヴィアラなら、別に気にしませんよ……。公私の区別ぐらいはつきます……」
そう言ってくれるのはうれしいし、俺もラヴィアラがセラフィーナに意地悪をするとは思ってない。でも、人選として適正かというと、疑わしいし、何よりもっと根本的な問題がある。
「あのラヴィアラというエルフの血を引く娘が、旦那様の愛人なのね。弓の達人だけあって、引き締まった体をしてるじゃない」
挑発的な目でセラフィーナがラヴィアラを見つめていた。
そう、セラフィーナがラヴィアラを敵視しているようなのだ。
すでにだいたい性格はわかっているが、セラフィーナは対抗心が強い。もしかすると兄弟姉妹が多くて、自然と競い合うような環境で育ったせいかもしれない。
「あなたも旦那様に負けず劣らず、勇猛な人間として通っているわよ」
「お褒めにあずかり、光栄です、伯爵夫人」
「でも、胸ならわたしのほうが大きいわね。倍は差が開いているわ」
ラヴィアラの顔が羞恥で赤くなった。
たしかにラヴィアラは胸に関してはあまり大きくない。本人も多分、気にしているのだ。
「お言葉ですが、伯爵夫人……これはラヴィアラが射手であるため、胸が邪魔にならないようにきつく押さえているだけです……」
ラヴィアラの公式見解ではそうだけど、実際はそんなにない。俺はよく知ってるけど、ここで言うべきことではないから黙っていよう……。
「と言われているけど、旦那様はあの子の胸の大きさもご存じでしょう? 真相はどうなの?」
「聞くなよ!」
セラフィーナの顔を見て、わかった。
これ、わかってて言ってるな……。
おてんばというのは間違いないようだ。
「そうね。ほかに家臣もいるものね。腹心の者に恥をかかせてはいけないわね。旦那様は伯爵の立場をよくわかっているわ」
居合わせたほかの家臣たちがくすくすと笑っていた。ラヴィアラに近いはずのエルフの家臣まで笑っていたから、ラヴィアラが胸を気にしていることはかなり出回っていたネタなのだ。
でも、俺はもっと違うところで感心していた。
このやりとりだけで、家臣とセラフィーナの距離が一気に縮まっている。
セラフィーナは妻とはいえ、あのミネリアから来た娘だ。ミネリアとの戦争で肉親を失っている者だっているかもしれないし、そもそも政略結婚で向こうから乗り込んできているわけだから、うろんな目で見る者がいて当然だ。
だけど、セラフィーナは冗談を言うことで、雰囲気を簡単にやわらげてしまった。これでセラフィーナは冗談の上手い伯爵夫人というポジションを手に入れたのだ。
ちらっと、セラフィーナが俺のほうに目をやった。
どう? なかなかいい手でしょとでも言いたげな目だった。
俺の妻は思っていた以上に才媛かもしれない。
その中で、ラヴィアラだけが真っ赤になっていたが。ラヴィアラにとったら、体よく生贄にされたようなものだった。
「伯爵夫人……もう少し立場を考えてお言葉もお選びになられるべきかと……」
「伯爵夫人だなんて堅苦しい言い方はしないでけっこうよ。セラフィーナと名前で呼びなさい。旦那様のことをわたしより詳しく知ってることは否定できないしね」
ちょっとラヴィアラは毒気が抜かれたような顔になった。
「あなたが旦那様を何度も助けてきたこと、それぐらいはわかっているし、認めているわ。これからもよろしくね」
「わかりました……セラフィーナ様……」
ここで、お高く止まったりせずに相手にも花を持たせてもやる。人心掌握が上手いな。上手すぎて怖いぐらいだ。
「じゃあ、これからもよろしくね、ラヴィアラ」
セラフィーナの笑顔を見ながら、俺は思った。俺も転がされないように注意しないと。




