18 正室を迎える
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「娘を正室にもらってくれ」
実のところ、そう言われることは予想していた。ただし、会談が上手く運んだ場合という前提があっての話だが。
「こんな成り上がり者でよろしいのでしょうか?」
「伯爵の妻が伯爵の娘であって何の問題がある? 悪い話ではないと思っているのだが、どうか?」
ちらっと、左右に座っていた家臣二人を見た。
ラヴィアラが少し寂しそうな顔をしていた。ラヴィアラは長らく俺の妻も同然だったからな。こっちも心苦しくはあるが、きっとラヴィアラもわかってはいただろう。
ラヴィアラは小さくうなずくと、
「アルスロッド様、是非、ご正室を迎えるべきです。今、両家が手を結ぶのは大切なことですから」
と毅然とした態度で言った。あくまで家臣に徹してくれたのだ。
もし俺もラヴィアラもただの庶民なら、ラヴィアラをこんなに苦しませることもなかったんだろうけどな。ラヴィアラも浮気をするなと堂々と言えたはずだ。
「伯爵、一つことわらせていただきたいのですが、こちらも立場上、子がいないわけにはいきません。正室を大事にするつもりではありますが、側室を抱えることも許していただきたい」
「案ずることはない。こちらも愛人に産ませた子供が何人もいる。跡継ぎの子供がいないせいで、内乱が起こることもある。それを思えば、子供を作ることも、国を守るための立派な仕事だよ」
エイルズ・カルティスに愛人が多いことはよく知れていた。ただ、彼の場合、滅ぼした領主の娘などもそこに含まれていて、多少の危うさはあったが。その子供がエイルズを一族の仇と認識する恐れがまったくないとも言えない。
「では、もし、伯爵のご息女がそれに納得していただけるならば、俺は喜んで受け入れさせていただきます」
俺の言葉に対し、エイルズ・カルティスは大きくうなずいた。
「わかった。では、直接聞いてみることにしよう」
そして、ぱんぱんと二度、手を叩いた。
後ろの扉が開いて、ドレスを着た少女が出てきた。
年の頃は十五、六。ブロンドの父親とは違って、なめらかな黒髪をしていた。東方の女の血でも流れているのかもしれない。
ずいぶんと勝気な表情をしていて、自信にあふれているように見える。可憐ではあるけれど、華奢ではない。荒野に咲いた一輪のひまわりみたいな少女だった。
少女は大きな瞳で俺のほうを見つめた。
「エイルズ・カルティスの娘、セラフィーナ・カルティスよ」
「お会いできて、光栄です」
俺は立ち上がって、礼を述べた。今は俺も伯爵だが、向こうは生まれながらにして伯爵の娘だった。気位が高いかもしれないから、下手に出ておく。
すると、セラフィーナは俺の前までゆっくりと歩いてくると、俺の手をぎゅっと握った。
「わたしのほうこそ、光栄だわ。あなたは間違いなく英雄だから」
「それは買いかぶりすぎでしょう」
「わたし、英雄の妻になるのが夢だったの。そのほうが人生、きっと面白いでしょう?」
そして、にっこりと本当にひまわりが咲いたみたいに笑った。
「信じてくれなくてもいいけど、あなたがわたしの国に砦まで築いて暴れまわっていた時、あなたと結婚する予感がしていたの。ミネリア以外でもっと暴れてちょうだい。それでわたしを楽しませて」
「そうですね。あなたが俺の妻になるなら、それは夫として当然の責務だと思っていますよ」
「ええ。そうでなきゃ、逃げていくか、あなたを殺すから」
挑発的にセラフィーナは言った。ラヴィアラがムッとしていたのを気配で感じたけれど、正直なところ、俺はこの少女と長くやっていけると思った。もちろん、殺されることなんてこともなくだ。
「俺を殺したら後悔することになると思いますよ。だって、英雄というのはそんなにたくさんいるものじゃないですから」
「アルスロッド・ネイヴル、やっぱりあなたは面白いわ。ちなみにわたしの職業は、聖女なの。かなり珍しい職業よ。自分のそばにいる人間の幸運を三十パーセント引き上げると言われているわ。あなたにはもっと運が向いてくるはず」
幸運というのは、変化の度合いがわからないが、おそらく信じていいんだろう。職業による力は昔からずっとそう言い伝えられている。
「あなたの職業は何なの? わたしが話したんだから教えてくれてもいいわよね?」
オダノブナガですと答えてもわかってもらえないよな。
「あなたはよくご存じのはずです。無論、英雄ですよ」
セラフィーナの目を見つめて、言った。
ほんの一瞬だけど、セラフィーナが照れたように顔を赤くした。
セラフィーナは顔だけを父親のほうに向けた。
「お父様、わたし、この人と一緒にネイヴルへ行くわ。これまで育ててくれてありがとう」
エイルズ・カルティスはずいぶんといろんな意味を含んだようなため息をついた。
「新伯爵、セラフィーナは見てのとおりの性格だが、頭はいい。親の欲目ではなく、君には似合うと思っている」
「はい、娘さんを幸せにできるように努力いたしますよ」
「こちらとしてはじゃじゃ馬の嫁ぎ先が決まって、うれしくもあるのだがな。どうか上手くやってくれ」
こうして、ネイヴルとミネリアの会談は無事に終わった。
同盟は婚儀が決まった時点で、成立したようなものだ。
両勢力はお互いに不可侵を誓い、利害が絡まないところに侵攻していく。
交易の便宜も図る。通行許可証を持っている商人に関しては、相手勢力の土地でも馬を貸し出したり、街道の宿に優先して泊めるなど保護を加える。
正式な婚儀は一か月後、会談と同じ神殿で行われた。そこで俺は一か月ぶりにセラフィーナと出会ったのだが、思わずこう言ってしまった。
「かわいいな」
花嫁のドレスを着たセラフィーナ。そのドレスを着るために産まれてきたと信じたくなるほどよく似合っている。
彼女の陽性なところが、さらに増している。
「あなたのためにかわいくなったのよ、旦那様」
セラフィーナは俺の前で、くるくると回ってみせた。ドレスがひらひらと舞う。
「この国で一番幸せにしてね。聖女の力は愛している人により強く働くの」
「そうだな。俺の運をさらに開いてくれ」
セラフィーナが俺に抱き着いてきた。
「お世辞じゃなく愛してるわ、旦那様!」
村半分の領主だった頃は、政略結婚なんてろくなものじゃないと思っていたけど、これも悪くないかもしれないな。




