17 会談はじまる
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そして、会談の日がやってきた。
場所はナグラード砦から川(ナグラード川や、国境川と呼ばれている)を渡ったところにある、その地域で中心的な神殿で行われる。
神殿は建前上はどこの領地にあろうと、その領主の固有の持ち物ではなく、王国教会の物、あるいはもっと極端に言うと神の物だ。だから、会議でも多用される。
もちろん、領主の迎賓館などが使われる場合もあるが、ミネリア領の中心地は遠いから、そんなものはこのへんにないだろう。
相手の土地でやるから、ルールとしては向こうがこちらをもてなすことになる。ということは相手の領主も先に土地に入っている。
俺たちは川のこちら側で一度休憩をとった。小さな村の村長の屋敷に俺は詰めている。そこまでは予定どおりだ。
「あの……アルスロッド様……そろそろ出発しないと予定時間に遅れるのでは……」
俺が出発命令を出さないことを不審に思ったラヴィアラが部屋に入ってきた。
「まあ、ゆっくりしていけ、ラヴィアラ」
俺はテーブル横の椅子を勧めた。ラヴィアラもそこに座る。
「もしかしてですけど、これってわざとなんでしょうか? 予定より遅れて行くことで、こちらの態度が上であるかのようにアピールするとか」
ラヴィアラの考えもそれなりに鋭い。でも、もっと別の目的がある。
「俺たちが遅れて神殿に入って、すぐに会談がはじまるわけじゃないよな。旅装をそこから解くからさらに遅れる。つまり、相手はこっちの軍隊をじっくり観察する時間ができる」
「なるほど……」
「それと、遅れたという設定のおかげで、もう一芝居打てる。まあ、それは向こうに着いたら、わかるさ」
そして俺たちは時間として一時間弱ほどずれて、出発をした。
当然、会談場所の神殿にも一時間弱のずれで到着する。
ミネリアの領主、エイルズ・カルティスがこちらの軍隊の動きを見ていることは放っていた密使から聞きおよんでいる。
だからこそ、非の打ち所のない行進で神殿に向かった。今日が本番だからな。みんな、気合が入っているのがわかる。
――うむ。見事だ。これを見た敵の領主はきっと怯えるだろう。
覇王もご満悦らしい。
敵じゃない。まだ戦う時期じゃないからな。
――この覇王は美濃の国主、斎藤道三との会見の際、わざと雑兵のような兵を用意して、自分も汚い格好で歩いた後に、正装で出向くことで相手を驚かせた。こちらを侮っていた道三は略装でやってきて、威風堂々と正装をしている覇王を見て、肝をつぶしたのだ。だが、先にこちらの威容を見せるという手もある。お前も間違ってはいない。
相手を威圧する点では同じだからな。
ザッ、ザッ!
たんなる足音も揃えば、それなりの力を持つ。
神殿の関係者やミネリアの家臣と思われる者たちが、あっけにとられて、俺たちの行進を見ているのがわかった。
「なんと整然とした部隊だ……」
こっちに聞かせてばいけない声まで聞こえてきた。
特殊能力【覇王の道標】で今の兵士の信頼度と集中力は1.5倍になっている。王家お抱えの兵でもこれだけの行進はできないはずだ。
俺は無事に神殿には到着した。
しかし、もう一芝居ある。効果は小さなものだが。
「皆の者、ご苦労だった」
俺は凛とした顔で兵士たちに向き直る。
「だが、白鷲隊の一部で予定時間に遅れる者があり、結果として到着が遅れることとなった。過失を自覚している者は出てこい」
そんな事実はない。もちろん、すべて芝居だ。
「はっ! 自分であります!」
そこに物怖じすることなく、一人の青年兵士が出てくる。
俺はその兵士の前に立って――
パシィンッ!
小さく顔をはたいた。
「次はないと思え。今後は気をつけるように。もし、戦で遅れた場合は首を刎ねることもあるからな」
「はっ! わかりました!」
「元の場所に戻れ」
兵士は表情も変えずに、空いたところに入った。
全部が全部、作り話だ。
遅刻者に厳正な態度をとる指揮官、過失を怯えずに報告する兵士。軍に統制が取れていることは十二分に見せつけられただろう。この芝居まで見ているかはわからないけどな。
ラヴィアラが遅刻させた意味がわかったという顔をした。
それじゃ、会見の場に臨もうか。
俺が部屋に入ると、もうエイルズ・カルティスは待ち構えていた。まだ四十歳前の男で、目はらんらんとしている。英雄と言うと言いすぎだが、梟雄という言葉は似合うかもしれない。彼の代でさらに領地を広げている。
これまで会ってきた未来への見通しもない小領主とは顔つきがまったく違う。
つまり、この男はもっと領土を広げ、自分の土地を豊かにする意図を持っているというわけだ。それが自然に顔にも現れる。
俺の背後にはラヴィアラと老将シヴィークがついている。
一方でエイルズ・カルティスの後ろにも二人の幹部らしい男がついていた。
「遅刻してしまい申し訳ありませんでした、ミネリア伯。慣れない土地で時間の配分を読み誤りました」
俺は席につく前に形通りの謝罪をした。
これまでにない独特の緊張感が部屋に漂っている。これだけの格の人間と出会ったことはなかったからな。
――やはり、義父であった道三に似ている。顔はこの男のほうがずいぶんと男前だがな。雰囲気というものがこうも近いとはな。
心の声は外野だけに好き勝手言ってるが、俺はそこまで気楽には過ごせないな。ただ、悪い緊張感じゃない。むしろ、心地いいぐらいだ。
「まあ、その椅子にかけてくれ、ネイヴル伯」
人数分の椅子がテーブルの手前で空いていた。
「それでは、座らせていただきますね」
「ネイヴル伯、ここには本当に側近しか連れてきておらん。なので、率直にお話ししよう。あなたの軍隊が遅れて来るというので、ちょうどゆっくりと見物させていただいた」
「いやはや、にわか仕込みなので、恥ずかしいですね」
俺の顔は笑っているが、目までは笑っていない――はずだ。豪放磊落な英雄もいるだろうが、俺はそういうタイプではない。
「むしろ、にわか仕込みだとしたら、そのほうが気味が悪い。ナグラード砦の我々の敗戦は、やはり偶然ではなかった。君は戦の天才だ。正面切って戦うのは御免こうむりたい」
俺は慎重に相手の真意をうかがうことにした。今のところ、悪い印象は与えていないはずだ。
「ミネリアと戦いたくないのはこちらも同じです。気が合いますね」
「もし、君が凡庸ならとっとと取り除いておきたかったのだが、そもそも凡庸なら伯爵位を得ることもなかっただろう」
ラヴィアラとシヴィークの体にふっと殺気が宿る。
「暗殺者のご用意でも?」
「ここで君を倒すのは難しい。仮にそれができたとしても、こちらも殺されてしまう。となると、やはりしっかりと手を結ぶのが最善」
それに対して、まだ相手には余裕がある。
「正室はまだ迎えていないな、新伯爵」
「はい。何分、ずっと戦続きでしたからね」
「娘を正室にもらってくれ」
結婚の話を出されました。次回に続きます!




