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168 王冠をルーミーに

 その日の早朝、王都の南門がゆっくりと中から開かれた。水堀には陽光が反射して、白くきらめいている。

 俺たちルーミー一世の「官軍」の正面前方には、王都の中門が見える。

 あの先に今から俺たちは向かう。


 門の内側には、ハッセについていた兵士たちが敬礼して――いや、頭を下げてうなだれている。

 兵装そのものは大きな戦闘もなかったので汚れていないとはいえ、生気はまったく見られない。

 一方で、俺たち「官軍」は威風堂々と中に入っていく。それも、仕事のうちだ。俺たちは王の権威を背負っている。見苦しい振る舞いはできない。

 俺の鎧にもネイヴル家の紋章だけでなく、王家の紋章も描かれている。ネイヴル家の将としてではなく、ルーミー一世の夫であり、サーウィル王国の摂政としてここに戻ってきた。


 俺のすぐ横にルーミーの姿がある。軍人ではなくとも、王として馬上で厳しい顔をしている。それでもやさしい気質は消しきれないでいるが。ルーミーはルーミーで今、立派な君主をしっかりと演じている。


「心配いらない。もしも、弓矢で狙撃するような者がいても、ラッパが先に始末してる」

 俺はそっとルーミーにつぶやく。硬くなっているのはよくわかった。

「そのようなことは心配していません」

 ルーミーは薄く笑みを浮かべた。

「ただ、王国の重圧というものを感じ取って、自然と身が引き締まっているんです」


「ルーミーで国王は何代目になるんだったっけ?」

「二十五代目です。ちなみに王国は今年で建国から三百二十八年目です。ただし、この百年で王の交代は急に多くなりましたが」

 ちょうど『百年内乱』の時代になってからか。

 それだけ続いていたものが、今日で変質すると考えると、俺も緊張しないこともない。


 ハッセに味方していた兵士たちを過ぎると、見物に来た民衆たちが沿道を埋めていた。

 何も考えずに「ルーミー一世陛下万歳!」「摂政閣下万歳!」と叫んでいる者もいれば、政治情勢が読めないので不安そうに見ている者もいる。


 もしもハッセ側が王都の支配を続けることにでもなれば、ルーミー一世を讃えるような発言は危険だ。賢明な人間はまだ何も語らないほうがいい。

 それと、単純に何か大きなことが起こるということを王都の民衆も肌で感じ取っているに違いない。

 王の交代程度はこれまでに何度もあったが、それとはまた違う。

 なにせ、新しい王に歯向かう勢力は何もいなくなっているはずだからだ。

 国の分裂は、前王の完全降伏によって終了を迎える。


 やがて、王都最大の交差点に差し掛かる。

 両側から来た、別の兵たちの行進と合流する。西門と東門から入ってきた者たちだ。

 西門の代表者はタルシャ・マチャール。東門の代表者はソルティス・ニストニア。タルシャの子は俺の種だし、ソルティスの娘ユッカは俺の側室だから、俺の姻族固めているとも言える。


 ソルティスは自分はその役をやれるほどの大身の領主ではないと辞退しようとしたが、どうしてもということで受けてもらった。伯爵の地位にいるのだから、問題はないだろう。


 合流した三本の兵の列は、そこから城の中門へと至る橋を渡っていく。

 この瞬間、王城の無血開城が実現したことになる。

 死者を出すことなく、王城を接収できたことは誇るべきことだろう。


 俺たちが目指すのは玉座の間だ。そこで謁見を行う。

 とはいえ、ハッセはすでに玉座から降りてはいる。そこはハッセに飲ませた。すでにハッセは王ではないからだ。あくまでも王でなくなったハッセが王冠を持っているというだけというのが今の状況だ。


 ハッセは以前に会った時より、小さくなったように見えた。病気をするような年ではないから、今回の騒動で憔悴したのだろう。白髪も混じりはじめている。そして、自信なさげな手に王冠を持っている。彼が持っているせいで、その王冠もひどく貧相なものになったようだった。


 そのハッセの後ろには、彼に最後まで付き従った「忠臣」が控えている。

 なかには、ルーミーや俺をにらんでいる者もいる。今更、何も感じない。こんな生き方をすれば恨みを買うことはわかっている。十回生まれなおしても足りないほどに、この人生の中で恨まれてきた。


「忠臣」にまぎれるようにして、俺とつながりの深いヤーンハーンのような官僚もそこに入っていた。彼女たちも神妙な顔をしてはいるが、それでもハッセにずっと従っていた者との感覚の違いはわかった。


 今回の主役は俺ではない。王であるルーミーだ。

 ただ、最初、先ぶれ役をやる必要はあった。俺がルーミーのすぐ前に出る。


「前王、今から陛下に王冠の返還をお願いいたします」

 俺は冷たい表情でハッセに言った。余計な感情を見せる意味はない。

「義弟殿、妹を王にすることを仕組んだのはそなたか……?」

 ハッセは力のない声で尋ねてくる。


「俺を謀反人にしたのは前王のほうです。それに我が妻でもある陛下が激怒されたのは、前王もご存じのはず」

 ここは感情をぶつける場ではない。そのようなことはすべて終わっている。

 ハッセはそんなことすら理解していない。


「さあ、王冠を陛下にお返しください」

 俺は一歩、右に体を動かした。ルーミーとハッセの視線が重なる。


 ルーミーが両手を前に差し出した。

「さあ、この手に国王たる証である王冠を」


 ハッセは一度、天を仰いで嘆息したが、それからゆっくりと前へと歩みだした。

 石の床を靴が打ち付け、かつん、かつんと高い音が響く。


 そして、あとルーミーまで三ジャーグほどというところで――


「前王、お待ちください!」

 控えていた家臣の一人が飛び出し――

 ハッセを思いきり突き飛ばした。


「前王、この短剣はどのような意図でお隠しだったのですか?」

 ハッセの正装からは、たしかに一振りの鞘に収められていない剣がのぞいていた。


GAノベル3巻は3月に発売となります!

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