165 新王勅令
ハッセ側の兵が一掃され、平和が取り戻されたマウスト城で、ルーミーはサーウィル王国の王として、逆賊討伐の勅令を発した。
俺が主人だった城の椅子には、今、ルーミーが座っている。仮の玉座だ。
「皆さんのおかげで、王国の安定は過半まで成し遂げられました。まずはお礼を言わせてください」
俺を含めた君臣たちはルーミー一世の前でひれ伏している。
ここにいる誰もが、もうルーミーを王として疑っていない。
王統が二つに分裂して、王都の取り合いが行われてきたことがいいほうに作用した。もしも、安定した政情が続いていれば、王の妹が新王を宣言してもまともに取り合ってもらえなかっただろう。
しかし、長らく王は武力で王都を制圧した者がつく地位となっていた。だから、ルーミーが王として振る舞い、ハッセの打倒を叫んでも違和感がない。
「国王として命じます。王都に居座る偽王とその一味を滅ぼし、王国を一つのものに成すよう、軍忠を尽くしなさい」
「臣下を代表して、摂政アルスロッド・ネイヴルがお答えいたします。王に身命を捧げ、必ずや王国の統一を成し遂げます!」
「摂政アルスロッド・ネイヴル、立ちなさい」
ルーミーの言葉に俺はゆっくりと体を起こす。
「あなたに王都制圧の総指揮権を与えます。王家勅願所の神殿に安置されていた、この剣を印として受け取りなさい」
俺は恭しく、その剣を受け取った。
考えてみれば不思議なものだ。俺はハッセを王にした当初、王族との結婚などまったく考えていなかった。いつか滅ぼすことになる一族から妻をとるなんて恨みを買うだけだと思っていた。
ハッセだって、俺が逆らわないようなくびきとして、ルーミーと結婚させたはずだ。
なのに、何の因果か、逆にルーミーは俺が国家を作るための最大のカードになってくれている。
「王都は一度陥れたことがあります。どうということはありません。策も十分に練っております」
「期待していますよ。毎日のように人の血が流れる時代は、もうすぐ終わりになるのです」
たしかに、俺が戦場で血を流せば流すほど支配地域は広がり、戦争のない土地が広がる。皮肉なものだ。
俺はルーミーに背中を向け、君臣たちのほうを向いた。
「俺に従い、陛下のために戦い抜くことを誓えるという者は立ち上がるがいい。その者の名は歴史家に国の正史として記録されることだろう」
もちろん、座ったままの者などいなかった。
各地より駆けつけた領主たちが次々と立ち上がる。
今が戦時ということもあって鎧姿の者も、貴人の普段着の者も、王の前だからと礼服姿の者もいる。
俺が生まれた時からそばにいたラヴィアラのような最古参の者もいれば、俺の勢力拡大の中で臣従したマイセル・ウージュのような者、さらには遠く巨島部から百人ほどの兵を引き連れてやってきた者、タルシャの与力領主として参加している北国の毛皮姿の者もいる。
すべてがまちまちだが、王都を奪うには申し分のない数だ。
「アルスロッド様……いえ、摂政、何か計画のようなものはありますか?」
ラヴィアラが俺に尋ねた。
「王都を陥れること自体は容易だ。だが、王都を火の海にしてしまうことは、サーウィル王国の王としては決してやってはいけないことだ。もし、王都の内部で戦争が行われれば、収拾がつかなくなる」
俺は言葉を続ける。
「そこで、ゆっくりと外側から王都を囲み、抵抗を諦めさせる。王都のほかにどこにも逃げ場がないと悟れば、ハッセ殿も屈服以外の道がないと考えるだろう」
「具体的にはどうするのですか?」
俺は思わず笑みがこぼれた。
歴史に類を見ないような、とんでもなく壮大な包囲戦になる。
「まず、王都を素通りして、王国の南部の勢力――ハッセ殿に従っている王国でもほぼ唯一の地域を制圧する。その時点で、王都のほかにハッセ方の支配地域は消滅する」
その俺の言葉に周囲がざわつきだす。
まさかという顔もいくつも見える。そりゃ、そうだろう。破壊や略奪を伴わないとしても、大軍で王都に突っ込むと思っていただろう。
「それは、アルスロッド様……摂政閣下、時間がかかりませんか?」
「かかりはする。しかし、このまま西から王都に攻め込んでも、ハッセ殿は東へ逃れる危険は高い。もし、山中にでも逃げ込まれて抵抗されると面倒だろう? ならば、どこにも行けないようにする。それに――」
実を言うと、こちらが本音だったりする。
「最後の戦いが王都で行われるほうが、王国の統一として美しいだろう?」
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細かな部隊の編成は俺が中心となって決めた。総指揮官に任命されているから、当然のことだ。
日をおくにつれて、こちらに従うことを明言した領主はどんどん増えている。
軽く十万を超える兵をこちらは動かせる。そんな数を一箇所に集めることなどできないし、効率も悪いから、いくつかのルートから王都に迫る。
作戦会議は俺の重臣とタルシャのような有力者だけで行った。
その中で、俺はとある場所を拠点にすることにした。
「ここは大聖堂とはいえ、立派な城郭だ。使い勝手はいい」
俺がまず目指すのはオルセント大聖堂。
宿敵とも言えるカミト大僧正の本拠地だ。
「あの……あの方が素直にこちらに従ってくれますかね……?」
ラヴィアラが不安そうな顔になっているが、それも仕方のないことだろう。俺を最も苦しめた敵と言ってもいい。
「だからこそだ。ここで俺に逆らうという道は選べないとあいつもわかっている」
ここで歯向かうほどあの男はバカではない。




