164 マウスト城解放
ハッセ方の軍隊はマウスト城の周囲に簡易の付け城を築いて、マウスト城を監視するような策をとっていた。
その策自体は籠城戦を行う敵との場合には常識的なものだ。長期戦を見越すなら敵の突然の攻撃にもある程度耐えられるような、横堀や土塁を伴った付け城に駐屯するのも正しい戦略と言える。
だが、それは時間が経過するうちに自軍が有利になる状況――たとえば、籠城側がおおいに飢えで消耗するとか、そういった場合に限られる。
たんに外側で囲んでいるだけでは決定的な打撃にはならない。城を落とす以上は、被害も覚悟のうえで攻め立てるしかない。
ハッセ方の軍勢はそれをほとんどしていない。マウスト城の守備兵が果敢に追い返した部分もあるが、長期間の対陣の割には戦果を告げるものが俺のところに来ていない。
つまり、直接的な戦闘自体が発生していない。
ハッセに動員された領主は、『百年内乱』の中でとっくに自立している。十分な武力も持たない王の命令を素直に聞いて、自前の兵を失うようなことを良しとはしない。
一方でマウスト城の守備兵は城が落ちれば命はないから、全力で守り抜こうとする。
その士気の違いが現状に現れていた。
俺は自分を中心とする部隊、ソルティス・ニストニアを司令官とする部隊、タルシャ・マチャールを司令官とする部隊の三隊で各方面のハッセ方に付け城を攻める手を取った。
俺のそばには各親衛隊、そしてさらに近くにはラヴィアラが、後ろからはケララがついている。
「久しぶりに戻ってきましたね、アルスロッド様!」
「ラヴィアラも生き生きとしてるな」
「長旅は疲れましたよ。このあたりの地形はすべて頭に入っていますからね。どこからどう攻めればいいか、アルスロッド様でなくてもわかりますよ」
たしかにな。ハッセ方の軍隊は所詮、部外者だ。地の利は俺たちにある。
「この城下南側の付け城が敵の最大勢力です。ここをくじけば、敵は瓦解するでしょう」
冷静な声でケララが言う。
「もちろん、そうさせてもらうさ」
「すでに内応者も何人か出ています。調略も進んでおりますので」
ケララはこのあたりも抜かりはない。
今まで俺たちが学んできたものをすべて使うつもりだ。
なにせ平和な世になったら使い道もなくなるからな。
微高地にある敵の付け城から煙が上がっていた。
内応者が火でも放ったんだろう。
「それなりに領主もいるはずだ。大将首をとれ! 摂政の軍の強さを思い知らせてやれ!」
先発する部隊が敵のほうに突っ込んでいく。すぐに乱戦になる。守る側なのに、ハッセ方はすぐに押されはじめる。こういうのは勢いが影響する。連中は最初から勝てないと思って守っている。それでは勝てるものも勝てない。
さらにそこから動きがあった。
マウスト城から軍隊が飛び出してきた。籠城していた城の兵が攻撃に出たのだ。
「よし、とことんやれ!」
城の近くにいた監視役の敵兵たちが蹂躙される。
圧倒的な差だった。俺の兵のほうが強いとか、そういう質よりももっと根本的なところで違いがあると思った。
歴史が俺に味方してくれている。
俺に新しい国を作れと言ってくれている。
なぜだか、そう確信が持てた。
赤熊隊のオルクスと白鷲隊のレイオンが敵将の首を持って、やってきた。ほかにもいくつも首が運ばれてきた。
敵は逃げることもできずに、壊滅したらしい。なんだか滅ぼされるために敵がそこにとどまっていたようだった。まるで、俺につぶされるためにそこに配置されているのではとすら感じた。
「やはり、マウスト城解放ではなく、王都侵攻を目的にしておいてよかったな。城の解放なんて過程にしかならない」
俺はオルクスやレイオンたちにそう言った。
怖いほどの大勝だった。ソルティス・ニストニアとタルシャ・マチャールの部隊も敵を簡単に追い払った。連中は王都に向かって逃げるのがやっとだった。
風がススキをある方向にすべて倒してしまうように、もうこの流れは止まらないだろう。
マウスト城の解放はあっさりと果たされ、この時点で、ルーミー一世方の勢力範囲は王国の過半をはるかに超えるものになった。
もはや、王都は場所柄、中心でもなんでもなく、ハッセ方の前線基地のようなものになってしまっていた。
この時点で王を名乗る者同士の戦いに関しては、決着してしまっていた。
――やはり、こうなるか。ワシもあと一、二年生きていればこういう光景を見れたのにな。
オダノブナガが感慨深げに語っていた。
――だから言っただろう。お前に対してワシから何も言うことはないのだ。もう、お前は勝利している。お前を打ち負かす存在はいない。
言いたいことはよくわかるけど、まだ気までは抜かないぞ。寝首を掻かれるってことだってあるからな。
騙し討ちで殺された奴なんてこの百年で何人いることか。
――この局面ではいくら明智光秀がおっても、絶対に裏切ったりせんわ。
ケララはこの戦いでもいくつも手柄を上げていた。
そうだ、王都に入る際の有職故実を聞いておかなければいけない。
しかし、その前にマウスト城に入る番だ。
狭いところで耐えた妻たちと将たちをねぎらう仕事が待っている。
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セラフィーナとフルール、ユッカら、妻たちが堀の橋を渡って入城する俺を出迎えてくれた。
「遅かったわね。飢え死にしたら化けて出ていたわよ」
セラフィーナが笑いながら言った。でも、その目にはわずかに涙がにじんでいた。
悲しいことはなかっただろう。再会で胸がいっぱいというのとも違うだろう。
セラフィーナのことだ。俺と同じように歴史が変わるのを感じているんだろう。
「お前が死んでも俺のところに来てくれるなら最高だよ」
俺はセラフィーナを固く抱擁した。
兵たちの歓声がそこに彩りを添えてくれた。
「あとは王都を落とすだけね」
「すぐに終わる仕事だ。むしろ、それから先の仕事のほうが山のようにあって大変だ」




