160 パッフス処断
ほぼ敵の部隊が壊滅したところで、俺たちは隊を整え、将たちを集めた。
「被害状況はどうだ?」
「赤熊隊は七人死にました」
「白鷲隊は八人が行方知れずです。負傷者は十五人です」
隊長のオルクスやレイオンたちが被害を報告する。陣地としては不利なところに分け入ったせいもあって、多少の被害は出ている。とくに新設した青虎隊は被害者が多かった。
けれど、多少だ。
「新しい王国のために犠牲になった者にはあとで褒美を授ける」
これぐらいのことで敵の自慢の部隊に勝利したわけだ。順調だ。
この程度のことでなら止まる必要はない。俺は覇道を進む。
「パッフスを打倒する! 容赦なくやれ! それが済んだら、サミュー伯のサルホーズ・サミューだ! そして王のいらっしゃるヤグムーリ城に帰還する!」
味方の士気はこれまで以上のものになっている。自分たちが王の軍だと心から信じているようだった。
「できればパッフスは確実に仕留めたい。これでパッフスを死なせることになればサミュー伯の権威も落ちる」
パッフスの籠もるのは、かつて使われた中規模の領主屋敷を再利用したものだという。水濠はあるもののたいした幅ではない。この俺の部隊が突っ込めば三十分ももたないだろう。
「ここはお任せください。こちらの専門です」
黒犬隊のドールボーが俺に進言した。
「真正面から大軍で向かえば、臆病な敵は必ず逃げていきます。事前に我が部隊が屋敷に近づいて逃亡を阻止します」
「わかった。首尾よくやれ」
「御意でございます。閣下は途中の村から人質でもとりながらゆるゆるとお進みください」
ドールボーの策は当たったのか、俺たちが到着した時には、パッフスは領主屋敷で籠城するしかない状態になっていた。
敵方の死者が何人も近くで転がっていた。中には兵士に見えない商人風の者もいた。変装して脱出しようとした者を切ったのだろう。
「商人や女が出ていこうとするので、問答無用で殺しました。すると後ろの者があわてて戻っていきました。パッフスらしき人相の者も、それの従者らしき者もいました」
ドールボーが俺に説明をする。
「パッフスという男は、抵抗はするくせに刃を向けてくるわけではないんだな」
自分の時代が終わったということを認められないだけといったところか。
「さて、力攻めに攻めるか。みんな、パッフスの首がほしいだろうし。それとも、もう黒犬隊が始末したあとか?」
「いえ。ほかの部隊に睨まれるのが怖いので」
冗談めいた調子でドールボーは答える。たしかに大手柄を横からとっていったように見えるとオルクスやレイオンに恨みを買うだろう。
「心得た。なら、俺も参加するぞ。誰が首を獲るか競争だ!」
もう、容赦はない。俺たちは領主屋敷を厳重に取り囲むと、水濠に板のついた梯子を架けて、攻め立てる。たいした妨害はない。
屋敷に乗り込んだ時、俺はふっと昔のことを思い出した。
領主である兄のところに入った時のことだ。
もとより、あの時とは状況が違いすぎる。表向き、病床の兄のところに向かうということになっていた。結局、刺客が城の内部には仕掛けられていたが。
パッフスを殺して、俺の地位が上がるわけではないが、一つの区切りにはなるだろうか。
前を行くのは赤熊隊の者たちだ。そのまま進めば赤熊隊が事を終える。
だが、なぜかこの戦い、自分が終わらせるだろうという確信があった。
俺は屋敷の中から搦め手側に回り込んでいく。
地下の蔵へ向かう階段の前で、従者に守られている貴人の姿があった。
パッフスで間違いない。
「サーウィル王国の王を務めたパッフス殿で間違いありませんね」
突っかかってくる敵一人を斬り殺し、そちらに向かった。
「地下に脱出口でも用意されていますか? あるいはそんなものがあればという希望にすがっていらっしゃったのでしょうか?」
従者が「よもや、アルスロッド・ネイヴルか?」と問うた。高貴な王は口を開かないというつもりだろうか。
「いかにも。畏れ多くも、若輩の身にて王国の摂政を拝命してからずいぶんと長い時間が経ちました。その間に王の代替わりがあったほどです」
ハッセからルーミーのな。
「王をこのような辺境まで追い落とした悪逆の者め! お前は地獄で焼かれる運命が待っているだろう!」
従者はまだ気骨があるのか、剣を俺に向けて、そんなことを叫んだ。
「お言葉ではありますが、それはありえません。なぜなら、私自身が魔王とも言える存在を身にまとっておりますので」
従者もパッフスもよくわからないという顔をしている。
「なんでも第六天魔王とかいうそうです。異国の世界のことゆえ、詳しいことはわかりませんが、地獄で焼かれる側というよりは焼く側なのは想像がつきましょう」
俺の中でオダノブナガが大笑している。
――ああ、そうだ! たわむれにそんなことを書状に書いたらずいぶんと広まってしまったわ!
「おのれ……。お前、何かに憑かれでもしているのか……? おい、お前に奉公の機会をやる。こちらにおられる陛下を保護しろ。それこそがサーウィル王国における正義というもの」
奥でふるえているパッフスが自分の兄と重なる。
「おい、従者のお前。名はなんと言う?」
「……モールド・ブーリュール」
ああ、王家に仕える者にそんな名前の奴がいた。
「モールド・ブーリュール、一度だけ言う。俺に仕えろ」
「そのような正義に反することはでき――」
俺は剣でその従者を斬り殺した。
自然とパッフスと目が合う。
「パッフス、お前たちは正義じゃない。ただ、古いだけだ」
剣をパッフスに向けた。
「お前だけの責任ではないが、民を苦しめた責は為政者がとるしかない」
パッフスが背中を向ける。
その背中を斜めに斬り裂いた。
王の経験者は最期の最期まで責任をとらずに死んだ。
「これではサーウィル王国はもう終わりだ」




