159 サミュー伯の土地へ
タルム-ド伯降伏から日を置かずに、大半の巨島部北側の領主が降伏の書状と人質を差し出してきた。これで、戦いの準備は整った。
すでにヤグムーリ城に籠もるケララから戦況報告が届いている。敵の攻撃を受けているらしいが、ヤグムーリ城は堅固でまったく落ちる様子はないとのことだ。そうでなければ困る。
サミュー伯攻めの布陣はすでに完璧に決めていた。
巨島部の北側を支配に収めたことで敵地に入る道は無数にある。
そのうち、どれを選ぶかもはっきりと情報を仕入れて決めている。
だが、間違いないのは一番守りが硬そうで、攻略が難しいルートを俺が総大将になって突っ込むということだ。
守りが硬い分、そのすぐ先には前王パッフスの逃げ込んだ「首都」がある。
どうせ逃げるなら、サミュー伯の居城である、南の端のサミュー城に入るべきだ。どうやら、前王パッフスはハッセに負けず劣らず気位が高いらしく、隅の隅にまで逃げるのは潔くないと思ったらしい。
おそらくあくまでも自分は王であるから、一領主の居城にそのまま入るのはおかしいという判断なんだろう。
まあ、その判断の是非は問わない。気位でもなければみじめな戦いを続けられないかもしれないし。
だが、前王を狙えるというのは悪い話ではない。
俺は自身の精鋭部隊である赤熊隊、白鷲隊、黒犬隊をつけて南進する。
さらに急遽増設した青虎隊も近くにいる。
青虎隊は巨島部の人間だけで構成した、まさしく新規の部隊だ。
どうしても新参者は肩身が狭い。だから、ここで戦績を上げることができれば譜代並みの評価をすると約束した。無論、親衛隊は落命の危険も高い。それを承知で奉公に来る覚悟のある者だけで青虎隊はできている。
このルートにサミュー伯の精鋭部隊である血契隊が待ち構えていることはわかっている。だから、それをぶち破れるだけの武力がいる。
さほど高くはない峠を越えると、一気に南に視界が開ける。その先に前王パッフスの拠点がある。
その峠をサミュー伯側の兵、三千強が守る。
俺の兵は五千弱。あまりの大軍だと行動が遅くなる。これが限度だ。
数ではこちらが勝っているが、高台を守る側が地の利はある。今更策も何もない。
力攻めで切り崩せるかどうか。
隣の馬に乗るラヴィアラが俺の背中をぽんぽんと叩いた。
「ご安心ください。何があろうとラヴィアラがアルスロッド様を守ります」
「俺もお前を守ってやる。自分の妻ぐらいは守れなきゃな」
あきれたようにラヴィアラはため息をついた。
「昔のアルスロッド様はここまで野心家じゃなかったんですけどね。ラヴィアラのことを『もの』だなんて冗談でも言わなかったです」
「変な職業を大人になった時にもらったせいだ。許してくれ」
さて、峠に敵の旗が翻るのが見えてきた。
軍団への命令に多くの言葉は要しない。大半の兵士はもう長く俺と共に戦ってきたのだ。何をするべきかみんなわかっているだろう。
「オルクス、レイオン、ドールボー、細かいことはナシだ。目の前の敵と戦うことだけ考えろ。敵は将が消えてもまったく乱れないと聞く」
レイオンは手を組んで、ぽきぽきと鳴らした。
「このまま突っ切って、前王の首を奪いに行きますぜ。それでいいんでしょう?」
「ああ、前王は『サーウィル王国』の逆賊だ。ルーミー一世陛下のために血祭りにあげてやれ」
レイオンは豪快に笑った。
「よし! 必ず、オレが首を獲ってやるぜ! そしたら戦史に永久に名前が残る!」
「ちなみに、戦死しても名前は残してやるけどな」
赤熊隊の連中がげらげらと笑った。
「どうせなら生きて王都に凱旋しますぜ!」
「ああ、新陛下のご尊顔をぜひ拝んでくれ! 全員、突っ込め! 一人一殺だ!」
鬨の声をあげて俺の軍団は突っ込んでいく。
敵の血契隊も遮二無二、三叉戟を振り回している。話に聞いていたとおり、豪傑を集めて敵を防ぐという考えで組まれている部隊だ。
「ここまではるばるやってきて負けたら恥だぞ! ねじ伏せろ!」
――特殊能力【覇王の風格】発動。覇王として多くの者に認識された場合に効果を得る。すべての能力が通常時の三倍に。さらに、目撃した者は畏敬の念か恐怖の念のどちらかを抱く。
――特殊能力【覇王の道標】発動。自軍の信頼度と集中力が二倍に。さらに攻撃力と防御力も三割増強される。
これで勝てないようなら、話にならない。新しい王に捧げる勝利をつかんでくれ。
勿論、俺も最大限に戦わせてもらう。
摂政の象徴の剣、『打ち正義』を振るう。敵の中にこちらから入っていく。
「俺の前に立つのは勝手だが、死ぬ覚悟がないならどいてもらおうか!」
もっとも、敵も死ぬ覚悟がない奴はいないらしい。
俺と何合かやりあう者もいたが、たいていそのうち首が飛んだ。
【覇王の風格】が効いている俺に勝てる者はまずありえない。
しばらく乱戦が続く中で、「敵将、討ち取った!」という声が響く。槍を高々と掲げているのはこちらの兵士だった。
ひとまず、最低限の目的は果たした。
「まだ気を抜くな! 向かってくる敵は全員皆殺しにしろ!」
まだまだ敵は逃げ腰にならない。まとっている空気が違う。本気でサミュー伯に命を捧げている顔だ。
ここは王国の一地域というより、完全なる独立国だな。当然、戦乱中はどこの土地でも長らく領主はその土地を独立国のように支配してきたが、その色合いの濃さがまったく違う。
ラヴィアラも弓矢を連射する。
俺のそばの敵を射抜いて、道を開けてくれる。
「このまま、突き進みましょう、アルスロッド様!」
ラヴィアラもなんとも楽しそうだ。そう、戦場は恐ろしいところではあるが、心が躍る場所でもある。
「そうだな! 一気に駆け抜けるぞ! サーウィル王国に盾突く者を討伐する!」
戦況からして、前王の下にまで行けそうだ。




