157 新王ルーミー
ヤドリギはもう一つ要点を俺に告げた。
「さらに、陛下は前王と講和し、摂政閣下を討つことで同盟することを決めたそうです。巨島部を西サーウィル王国とすることを認めると」
「落としどころとしては妥当だな」
前王も俺を殺せば、形式上は文句なしに王となれる。俺がいなくなれば、またハッセと領土の奪い合いに戻るだろうが、どのみちハッセに巨島部まで本格的に攻め込む度量まではないから、しばらくは膠着するだろう。
その間に西サーウィル王としての名実がともなえば、前王パッフスとしても、得られるものはそれなりに大きい。
もっともまずは俺を追い出さないと話にならないが。
「すべて、心得た。まあ、当初の予定どおりだ。このままいく」
ヤドリギはさっと、部屋を出ていった。仕事を果たしたら長居はしない。
――いよいよ尻に火がついたな。
オダノブナガが楽しそうに言った。
つくとわかっていた火だからいいんだよ。わかりやすくていいじゃないか。
――時間との戦いだな。とっとと前王とやらを降伏させねば帰るべき場所もなくなるぞ。
なあに、時間はたっぷりあるさ。俺の城は堅牢だ。どこも落ちない。そういうふうに作ってきた。
少なくともハッセみたいなぼんくらとその取り巻きじゃ城に迫ることすらできないだろうよ。
だいたい、オダノブナガもすごく楽しそうじゃないか。顔を見なくてもわかるぞ。
――当たり前だ。もとより、覇王になるべき者は敵が多いものだ。今のお前には戦うべき道理がある。天道がお前のほうを向いた。存分に戦って、勝て。
ああ、お前にも天下を見せてやるよ。
●
翌日、俺は将を集めて、「陛下御謀反」の件を告げた。
ざわめく者もいたが、そう多くはなかった。みんな、予想はついていたのだろう。
「大変遺憾なことだ。この俺はずっと陛下が王になられる前から、手助けをしてきた。妹君を妻にとおっしゃったのも陛下だった。その陛下が俺を反逆者と言い立てるなど、信じがたい」
俺は遺憾とは言ったが、悲しむそぶりは見せなかった。覇王はなよなよする必要はない。
「お前たちに言うまでもないことだが、摂政である俺の仕事はサーウィル王国の統一のため、敵を討つことだ。それが反逆に当たるわけがない。きっと、佞臣たちがつまらぬことを吹き込んだのだろう。いずれ、陛下もお気づきになられるだろうが、それをこの敵地で待つわけにもいかない」
そして、俺ははっきりとこう宣言した。
「そこで、俺は本日付で、乱心のハッセ一世を廃位し、サーウィル王国の新王としてルーミー一世を即位させることとする!」
この言葉には将たちもざわついた。それもやむないことだろう。
俺はルーミーから預かっていた手紙を将たちに見せた。
「これは俺の独断ではない。すでに新陛下は王都の不穏な情勢をご覧になっていた。そして、ハッセ一世乱心の際は自身が新王として即位する旨をここに記しておられる!」
これはルーミーがヤグムーリ城まで来てくれたおかげでとれた策だ。
「新しい陛下は今後も俺に摂政として巨島部のパッフス一味に誅を下せと命じられている。俺はまぎれもなく摂政で、お前たちも賊軍ではない。思う存分、戦え!」
ラヴィアラが「王様のためにも絶対に勝ちます!」と叫んだ。
「これでラヴィアラたちが負けたら、王様も処刑されてしまいます! そんな理不尽なことがあっていいわけがありません! 絶対に勝って、ヤグムーリ城に戻りましょう!」
その声に「そうだ!」「そうだ!」と声が上がる。
ラヴィアラの表情からして、これは狙ったことじゃなくて義憤に近いものだろうけど、盛り上がってくれて困ることは何もない。
「パッフスの本拠はソフェリという小さな町だ。ここを失陥させ、巨島部を安定させる。たいして時間はかからないだろう。お前たち、存分にやってくれ!」
士気は存分に高まった。
賊軍に落ちたと思ってる奴は誰もいないだろう。軍隊を持っている者が結局、最も強いのだ。
今頃、ヤグムーリ城ではルーミーが自分が王であると主張した書状を各地に送りつけているだろう。これで、ハッセの討伐命令が相対化できれば十分だ。
タルムード伯アブシー・ハニストラのところにも秘密裏に講和交渉の使節を送っている。
パッフスではなく、俺につけというものだ。
俺についた場合、所領安堵とサミュー伯サルホーズ・サミューが従わなかった場合、この所領の一部を与える旨のことを使節には話している。
タルムード伯もパッフスの拠点がそう長くもたないことは先日の会戦の大敗で実感しているはずだ。今、本拠に攻め入られるとまずいと思っている。
すべてはハッセの決断が遅れたことが響いている。
俺が西ハニストラ平野の戦いで勝つ前に前王パッフスと同盟を結べていれば状況も変わったかもしれないだろうに。
もはや、タルムード伯は俺を何度も退ける体力はない。選択肢は大幅に減っている。
まあ、俺がやるべきことはタルムード伯を滅ぼす前にあるが。
ソフェリを落とす。
●
俺はルーミー一世の摂政として、兵を南下させ、賊軍パッフスの籠もるソフェリに向かった。
今回の行軍はとにかく急がせた。どのみち、途中での妨害がほとんどないことはわかっていた。パッフス自体に軍事基盤はないし、タルムード伯は大敗の影響で自分の本拠地に兵を集めておかないといけない状況になっている。
ソフェリの城は平野部にある館とでも言うようなもので、とても防衛できるような場所ではなかった。あくまでも前王による臨時の「首都」だ。
すぐにその城は落ちた。落ちたというか、パッフスのほうから火をつけて、逃げていった。
問題はどこに逃げるかだ。
パッフスはサミュー伯サルホーズ・サミューのほうを頼って、南に向かった。
タルムード伯のほうは信用できなかったわけだ。
これで片はついた。
俺のところにタルムード伯アブシー・ハニストラから臣従の誓いを示す書状が届くのに時間はかからなかった。
現在、GAノベル3巻に向けて作業中です。また、発売時期など決まりましたらご連絡いたします!




