156 西ハニストラ平野の戦い
初日がにらみ合いで終わった翌朝。
俺は兵を転戦させるように動かした。
方向からすれば、この決戦の舞台から退いて、迂回でもしてタルムード伯アブシー・ハニストラの拠点を攻めるような動きだ。
そうなれば、敵も当然追撃に来る。
じっと俺たちが戦場から撤退するまで待つだなんてことはありえない。そんなことをしたら笑い者もいいところだ。
俺は敵の行動を確認して、適当なところで止まる。精度の高い情報がラッパのヤドリギから入ってくる。ここまで来れば突っ込んでくるのは間違いない。
「鉄砲隊、用意!」
こちらには三千の鉄砲がある。
ドワーフのオルトンバの尻を叩いて、それだけを用意させた。
これだけあれば怖いものはない。あとは敵が近づいてくれさえすればすべては決まる。
鉄砲の数も多いので指揮する将も分かれているが、中心になるのはオルトンバだ。なにせ製作者だからよく扱いがわかっている。
オルトンバは腕組みして、じっと敵との距離を測っている。
「みんな、あそこに大きな樫が生えておるな。あの樫を越えて敵が来たら放ってやれ」
オルトンバがそう口にした。
「そういことだ。あの樫を過ぎたところで、鉄砲隊は各々撃て! 撃ったらすぐに第二撃の準備だ! 全員射殺しろ!」
俺がその言葉を大声で叫んで、遠くまで伝える。
「弓の部隊も打ち漏らした連中を始末しろ。弓では巨島部の者のほうが優秀だなどと言われぬようにな! 島にまで渡る戦いはそうそうないから、恥をすすぐ時もないぞ! 気をつけろよ!」
「おう!」と応じる声が兵の内で響く。
敵が迫ってくる地鳴りのような音。悪くはない。これを聞かないと戦場という気がしない。
そして、敵兵が目印の樫を越えた。
「撃てっ!」
敵が迫るのが地鳴りなら、こちらは雷鳴だ。鉄砲の轟音が戦場を駆ける。
ほぼ同時に敵兵がばたばたと倒れていく。
だが、命懸けで突っ込んでくる前衛部隊だ。この程度で足を止めたりする者はほぼいない。
問題ない。そうでなければこちらも困る。
「第二撃、準備のできた者からはじめろ!」
小さな雷鳴が至る所で響く。また敵が倒れていく。よし、十分だ。序盤では敵に打撃を与えられている。
こちらと敵がぶつかる前から戦場には敵の死体が並んでいる。
それが繰り返されるたびにじわじわと敵の動きも鈍くなってきた。
突撃を命じられた者が消えていって、後ろ側の臆病な連中が前に露出しだした。
「弓の部隊もさんざんに射かけろ!」
今度は鉄砲だけでなく、矢も飛ぶ。また敵が倒れる。すべては先に攻めてきた敵の問題だ。
長距離兵器があるなら、じっと待つほうが戦場では有利になる。大軍が弓兵の攻撃で大打撃を受けて、撤退したことは史実でも何度かある。
敵もそれはわかっていたから、弓兵を前に出して、こちらに攻めてこさせようとしていたんだろう。
あるいはわざとこちらの陣を縦に伸ばすことで打ち破る作戦でもあっただろうか。
しかし、それもこちらの大軍が前に出なければ意味がない。別に俺は焦ってはいない。お前たちの土地を奪う方法などいくらでもある。
そして、先に我慢ができなかったのは敵のほうだった。数万の兵士を動員した連合軍で戦わずにじっとしているという選択肢はどのみちとれない。
前王は従軍していないだろうが、前王の名誉も地に落ちるだろう。そんな腰抜けのために戦っていられるかと思う領主も必ず出てくる。
タルムード伯・サミュー伯も大領主として俺を追うしかない。
だから、最初から勝負はついていたのだ。効果的な用兵が行える側が勝つ。
敵の前衛部隊に壊滅的な被害が出てきたところで、小シヴィーク隊、マイセル・ウージュ隊、黒犬隊のドールボー隊などが攻め込んでいった。
すでに敵の攻撃の要は壊れている。こちらは肉をえぐるように敵にぶつかる。
「敵将を討ち取ったぞ!」などという威勢のいい声も聞こえてくる。
よし、決まったな。もはや、敵はどう逃げるかを考えている。
「あっさりと決まりましたね」
ラヴィアラは今回はあまり前に出さずに俺の横に留めていた。
「あっさりと決まるようにしたんだ。もし、馬鹿正直に攻め寄せていたら、それなりの被害は出ていた。ラヴィアラの命だってどうなっていたかわからなかったぞ」
こういうのは待つ余裕がないほうが負けるし、本来、敵地に来ているこちらのほうが余裕がないのだけれど、俺はそこで余裕を演出してみせた。
「ラヴィアラは死にませんよ。アルスロッド様が王になるまで、おそばに仕えています」
殊勝なこと、いや、のろけに近いことをラヴィアラは言った。
「そうだな。もう、そんなに時間を置かずにそれもかないそうだ」
攻め込んだ将たちも戻ってくる。元々あまり攻めすぎないように命じていた。
深追いすると、殲滅されるリスクが出てくる。大敗したという事実を敵に見せつけてやれば、ひとまずの目的は達成されたようなものだ。
西ハニストラ平野の戦いは摂政軍の大勝で終幕した。
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俺たちは勝鬨をあげると、付近の宿場町で兵を休めた。
タルムード伯の親類を含め、将がかなり戦死したらしい。立場上、前に出るしかない者は不幸だったな。
そして、俺はその宿場町である連絡を待っていた。
夜、俺の部屋にヤドリギが女官の姿で顔を見せた。
「好きなように話していい。おおかた、予想はついている」
ヤドリギは小さくうなずいてから、こう端的に言った。
「陛下が摂政閣下を謀反人と断じて、滅ぼすようにと命じられました」
ついに俺と戦うことを決めたか。
違うか。最初からハッセは決めてはいた。いつ、全国に通達するかで迷っていたのだ。
「このタイミングということは、俺が巨島部に渡るために動いたあたりで決断したんだな」
「はい。すでに王城で陛下も挙兵して士気を高めようとしているそうです」
「ありがたいことだ。俺に王になる権利をくれたわけだからな」
今回が年内最後の更新となります。来年にはコミカライズもはじまります。また、日程が発表できるようになりましたら、ご連絡いたします! 来年も「織田信長という謎の職業~」をよろしくお願いいたします!




