152 予想外の訪問者
俺は正式に使者を王都に向かわせた。使者といっても陛下の治世を寿ぐためではない。詰問使だ。
巨島部にいる前王と同盟して、摂政アルスロッドを攻撃する作戦が聞こえてきたが、その真相はどうなっているのかというものだ。
いきなり攻撃に出るのはあまりよろしくない。それではこちらが悪者になる。大義名分は手に入るならできるだけ手に入れておいたほうがいい。俺の職業も口を酸っぱくして言っていることだ。
天道に背くようなことはするな――そんな表現をオダノブナガはする。
この場合の天道というのは最高神のようなものらしい。オダノブナガの世界は最高神というものが曖昧のはずだが、そういう概念が必要になってきて、天道というものが作られたらしい。
――天道というのはたしかに最高神と解釈できんこともないし、そう思っておる者も多かったが、そのように受け取ると何の意味もないぞ。それはまやかしだ。
オダノブナガがまた話に絡んできた。職業をやっていると暇なのだろう。俺以外の誰ともしゃべれないというのは、よくよく考えてみれば、なるほど不幸だろうなと思う。自慢話を聞いてくれる幇間の一人でもいてくれれば、ずいぶん面白かっただろうに。
――天道の正体というのは、神聖なものでもなんでもない。あれは世間の外聞よ。つまり、民衆の気持ちの総体だ。神聖どころか俗も俗。
お前の言いたいことはわかる。わかるけど、なんというか、王を目指す者が覇道を行くどころか、世間の外聞を気にしないといけないというのは、皮肉なものだよな。
――そう言うな。世間から見放された者には誰もついていこうとは思わん。ワシも気をつけてはいたつもりだったが、詰めを誤った。天下が近づきすぎて、かえって小さなところが見えなくなった。
くどくどとオダノブナガが言ってくる意味ぐらい俺にもわかる。
俺にとっての詰めがここだからな。
そのためにハッセを問いただすための使者まで王都に送った。使者にとったら嫌な役回りだがな。最悪、殺されるおそれすらある。
もっとも、嫌な話だが、使者が害されたのなら、俺の側に天道は微笑む。いや、天道がハッセのほうから顔を背けると言うべきか。
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そして、使者が最短で戻ってくる日になった。
どういう回答が来るにしても俺も緊張はする。そのせいか、ヤグムーリ城の中にある仮の居所で何杯もお茶を飲んでいた。
まさか謀反を起こしていると弾劾しての宣戦布告はないと思っているが、ハッセがどういう動きに出るかはまだ読めないところがある。
と、俺の部屋にラヴィアラが飛び込むように入ってきた。
「失礼いたします、アルスロッド様!」
「そういうのは入ってから言うべきことじゃないぞ。それで、いったい何だ?」
「今のうちに、マウスト城からこちらに奥方様たちを連れてきましょう! 今ならまだ間に合います!」
ああ、合点はいった。まだ王都側が俺を切り捨てる前に妻を安全なところに連れてくること自体はまともな手だ。提案されてもおかしくはない。
この調子だと、じっとしていられなくて進言に来たというところだろう。ラヴィアラにとってみれば、ほかの武官以上に妻とつながりが強いから心配になるのもわかる。
しかし、素直に受け入れるわけにはいかない。
「ラヴィアラ、今、俺が妻たちをこのヤグムーリ城に連れてくれば、それこそ俺が反乱を企てている動かぬ証拠だと言われる」
妻子を自分のところに連れてくるのは、古今東西、反乱前の将が行う手だ。それほどわかりやすい証拠もないだろう。
「わかってはいます。けれど、このままだと皆さんに危険が……」
俺はラヴィアラのくちびるに人差し指を当てた。
黙れという意思表示だ。
臣下というより妻にするしぐさだが。指はすぐに離す。
「うかつに、妻がマウスト城を出ていけば、そこを狙われかねない」
はっとしたような顔にラヴィアラはなる。
「外と比べれば、マウスト城のほうがまだマシだ。もちろん、安全だとは言えないけどな」
「そうですね……。すでに王様がアルスロッド様を攻めるつもりでいるなら、マウスト城も警戒されていますよね……」
俺はうなずいてこたえた。
「今はまだ待つ段階だ。あくまで、一番嫌な時間だよ。戦場に出るほうがよほどわかりやすいし、割り切れる」
俺は自分でラヴィアラ用に茶器をとった。
「あっ! そんなの、ラヴィアラがやりますよ!」
「別にいい。妻にお茶をいれるだけだ。お前も一杯飲んで落ち着け。まだ朝方だから酒よりはお茶でいいだろ」
ラヴィアラも熱いお茶を飲んで、ふぅーとため息をついた。あたたかいものは気持ちを静めてくれる。ヤーンハーンもそう言っていた。お茶はもともと薬としての意味を持った飲み物だったはずだ。
「先ほどは取り乱してすいませんでした。ラヴィアラも、皆さんのことが心配で……。とくにセラフィーナさんやフルールさんは……」
「わかっているさ。俺だって最善を尽くす。それこそ王国を作るのと同じぐらいにな」
そんな俺の居所を焦ったようにノックする音が響いた。これは俺の近習の一人だな。音でわかる。
「大丈夫だ。入ってこい」
すぐに近習が駆け込んできた。これは使者が戻ってきたと考えていいだろう。
けれど、近習の返答は予想外のものだった。
「申し上げます! ご正室のルーミー様がお見えになられました!」
「なっ? ルーミーが?」
「すぐにお会いになりたいとのことです! お迎えしてもよろしいでしょうか?」
俺は「通してくれ」と言うのがやっとだった。




