145 二面作戦
カルク子爵フォース・モレーシーが拷問を受けて語ったところによると、もともと今回の戦いではハッセ率いる征西軍を撤退に追い込むことまでが計画であったらしい。
それぐらいなら、征西軍の半分の兵力で十分に可能だと前王派は考えた。
それはそこまでおかしな計算ではない。事実、籠城する敵と戦うにはその三倍の兵力があるのが望ましいとされる。
征西軍は籠城側の倍ほどしかなかったし、散発的な戦闘でも籠城側が勝っていた。
ただ、問題があったとすれば、思った以上に征西軍が強情でなかなか撤退を行わなかったことだ。
これはハッセが面子にこだわったこと、そもそも引き際がわかるような優秀な将もいなかったことと、いろいろ理由があるが、結果的に籠城側にとっては兵糧の備蓄が尽きてくるという問題を生じさせた。
籠城するにしては軍隊の数も多い。あまりに長期戦になると苦しくなってくる。
それで、征西軍への攻撃に転じて、これが奏功し、ハッセも撤退を決めた。
だが、そこに俺が新しい兵を引き連れて、やってきたことで、籠城する前王派は窮地に立った。
そういった報告を俺はヤドリギから聞いた。宿営地にしている村の村長宅で俺は安楽椅子に座っていた。村の一部はハッセの征西軍が撤退する時に少しばかり荒らしたらしく、殺伐としている。一応、俺は保護を加えたし口約束だが、村を荒らしたものを処刑すると言っておいた。その連中はもう王都に向かっているだろうが。
「なるほどな。敵の主力がしばらくはいないことを確認できただけでも重畳だ」
「はい。やはり海峡を渡ったタルムード伯領・サミュー伯領で決戦を行うつもりのようです」
ヤドリギが小声で答えた。
敵の本体はずっと奥にいて、それまでは延々と小さな砦などでこちらの軍の出血を強いる策だ。各地には当然それぞれの領主がいるから、そいつらをつぶしていくことはできても相当な時間がかかる。
そこを途中で叩けそうなら叩くし、それが無理なら部隊を伸ばさせてサナド海峡を渡ったところで叩く。まあ、こちらが予想していた戦略とほぼ変わらない。
あとは、具体的な敵の名前や規模を知っている限りで聞き出させた。といっても、前線を任されていただけの領主はそこまで詳しいことを把握していたわけではない。やはり、現地に入ってみないことには細かいことはわからない。
「それで、カルク子爵はどうなっている?」
「拷問中に舌を噛み切って死にました」
まあ、元々殺すつもりだったので、死んだことに関してはとくに思うところはなかった。
「お前がそんなミスを犯すとは信じられないな。おおかた、情報を聞き出し終えたから、わざと自殺できるように仕向けたんだろう」
「実を申しますと、そうです」
まったく笑みを浮かべずに、ヤドリギは淡々と答えた。
「わかった。当面の作戦はなんら変わらんからな。このまま、敵の砦を落として、こちらの城将を配置しつつ、進軍する。できれば海峡の手前まで行きたいが、そこまでは無理でも二県は制圧したいな」
支配して、すぐにこちらが撤退した後に敵に取り返されては意味がない。確実にこちら側の領土を増やす。撤退時に安全に行軍できるようにも拠点は押さえていきたい。
「しばらくは強敵はいないと思います。海峡までは大きな領主もいませんので。だからこそ、前王もタルムード伯・サミュー伯という大領主を頼ったはずです」
「そうだな。まあ、海峡までは楽な仕事だが、どうせだから王に対して点数を稼いでおくか。それと、別動隊のほうはどうなってる?」
その別動隊に関してはとくにハッセたちにも伝えていない。あくまでも今回の作戦指揮はすべて俺に一任されているから問題はない。だいたい摂政というのはそういう立場の人間だ。
「ソルティス・ニストニアはほかの領主と合わせて六千の兵で西進しています。とくに敵となるような勢力もないので、平定は順調かと」
俺は鷹揚にうなずいた。
「ならば、ひとまず気になるところはないな。下がっていい」
小さく一礼して、さっとヤドリギは姿を消した。
ソルティス・ニストニアにはエイルズ・カルティスが支配していたブランタール県から西に向けて前王派の敵を攻撃させている。これで、効率よくこちらの支配領域を拡大できる。
早い段階で面のレベルで王国の――いや、俺の支配領域を増やす。
軍事作戦の途上で手にした土地は、ひとまず俺が自由に差配する。その先には前王という宿敵がいるのだから、王のハッセも認めるしかないはずだ。あくまでもこれは戦時下の緊急措置だ。王のお伺いに及んでいる時間はない。
そして、俺はこの土地をがばっと私物化する。俺の領土のように扱う。
できれば、前王派が滅んだ後も。
そうすれば、王国の大半は俺の支配下にある。王家に禅譲を迫ることも、ルーミーの娘の婿にハッセの息子を選ぶことも可能になってくるだろう。
この戦いは前王派との戦いだけじゃない。俺が王になるための戦いだ。
――今のお前はいい顔をしている。そうでなくてはならん。
オダノブナガがいるから、一人になってもあまり一人という気にはならないな。
――覇王とは孤独なものだ。しかし、覇王はそれを楽しむ余裕がなくてはならない。なにせ世界で自分一人しか見られない景色がずっと広がっているのだからな。
もちろん、そのつもりだ。
俺は王になる。サーウィル王国はハッセを最後に終わる。まあ、王国名を変える必要はないが、後世には次の代から王朝の名前としては別物になるだろう。
そんな中、俺は王のハッセに宛てた直筆の手紙をしたためる。
内容は、無事に賊軍を撃破し、土地を解放したというもの。さらに、その北部の賊も攻略中ですと書いてある。このまま、海峡までは土地を解放すると書いたが、そこはなかばリップサービスの部分もあると読んだハッせは思うだろう。
けど、俺はそれを本気でやるつもりだ。
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