144 敵子爵生け捕り
ずっと籠城で征西軍をしのいで十分な戦果をあげていた前王派のカルク子爵側が、ここ最近、征西軍めがけての攻撃を敢行しはじめた。
ということは作戦を変えないといけない理由があったと考えるべきだ。
別に急速に征西軍が増強されたわけではないから、理由は籠城側に求めないといけない。
それはずばり、食糧事情が悪化したからだ。
事実、ラッパからの報告でも突撃してきた兵が征西軍の兵糧を奪ったとか、荷台を攻めたとか、そんな話が入っている。無論、兵糧への攻撃自体は、飢えてなくても敵への打撃になる行為だが、賊軍がやけにやせ細っているという報告も一緒に入っていれば、ほぼ間違いない。
「陛下は惜しいことをされた。もっと腰を据えて、意地でも動かなければ、敵が音を上げたかもしれない。しかし、あまりにも弱兵の集まりであったがゆえに、敵の攻撃がそのまま効いてしまった。こうなると、攻める気力もない兵士たちは、敵に怯えるようになる。とても対陣を続けることはできない」
そこで俺にお呼びがかかったというわけだ。
「ほどよく敵を弱らせてくれていて、ありがたいですね。これなら、籠城を続けさせるだけでもこちらで勝てますよ。後背地は敵に襲われる心配もないので、当面はこちらは兵糧で困りませんし」
ラヴィアラもこの戦いは楽な一戦だとわかっているので、実にあっけらかんとしている。
「たしかに籠城だけでも勝てる。だが、それだと印象はあまりよくないな。どうせなら、ここは城を力で落としたい。そのためにも敵には出てきてもらったほうがいいのだが、まあ、そこは相手のあることでもあるので、出てくるのを願うだけだな」
「兵糧を積んだ車をおとりに置いておきましょう」
ケララがそう進言した。俺はそれをすぐに採用した。
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はたして、三日後、カルク子爵フォース・モレーシーの軍が本城からまとまった数、攻めてきた。
兵の動きで栄養状態はおおかたわかる。決していいものじゃない。
「全体的に軽装の者が多いですね」
目のいいラヴィアラにはその様子が遠くからでもよくわかるらしい。
「強襲してすぐ引くからというのもあるだろうけど、重い鎧はつけてられないってことだな。騎兵がいないのは、おそらく馬を食ったからだろう」
「それじゃ、いきますか。弓兵用意!」
ラヴィアラの号令一下、弓兵が兵糧付近を的にして待ち構える。
そこに敵が攻め込んでくる。
弓の連射で敵兵が次々に射られて倒れる。
そもそもが無茶な攻撃だ。こちらが守りを固めていれば、どうということはない。征西軍がやられたのは、すぐに怯えて背中を見せたからだ。敵が弱くても後ろを向けば絶対に勝てるわけがない。
こちらの攻撃はなかば作業だった。近づいてくる者に矢を浴びせて殺す。
そのうち、突撃の勢いも落ちてきた。いよいよ、連中はいい的になった。鉄砲を使えばもっと効率的だっただろうが、使うまでもない相手だ。
「かなり弱っていますね。これではゾンビですよ」
自分でも敵を射殺しながらラヴィアラが言った。射手のラヴィアラの弓矢から逃げられる者はほぼいない。もっとも、別に狙いを定める必要もない状態だ。敵側にはまともな将などいない。
「生きたままゾンビにさせるよりは殺してやったほうが慈悲があるというべきだな。さて、攻め上るか。親衛隊三部隊、用意はいいか?」
すでに赤熊隊オルクス・白鷲隊レイオン・黒犬隊ドールボーは出撃を控えている。
大きな声が上がったので、「攻め込め!」と俺は命じた。
こちらの弓矢で大きな犠牲を出している敵軍にこちらの軍が向かって、飲み込んでいく。弱兵に力を与える突撃の威力も、一度弓矢で足踏みさせてしまえば、あとはひょろひょろの死に損ないが集まっているだけだ。
一気に蹂躙がはじまった。ほぼ出てきていた敵軍は壊滅した。
だが、これで攻撃は終わらない。むしろ開始と言っていい。
敵の一部が本城の中に逃げ戻っていく。
その中にドールボー率いる黒犬隊の工作部隊が紛れ込んでいる。
あいつらは砦や城に穴を空ける専門家だ。そのためにはあらゆる手段を考えている。
こちらの軍が敵の本城めがけて攻め立てる。
その最中、敵の城の中から火の手が上がり、城門が開かれる。
黒犬隊がしっかりと役目を果たしたらしい。こんなふうにドールボーはいくつも城塞都市をこじ開けて略奪を繰り返してきた。その知識は戦場の城を落とすのにも当然使える。
あとはそこに軍隊を送り込むだけだ。
俺の職業の特殊能力【覇王の道標】のおかげで信頼度と集中力が二倍に、さらに攻撃力と防御力も三割増強された軍隊を。
徹底的にやれ。俺の強さを前王派にも、そして王都に逃げ帰った連中も知らしめないといけない。
勝負はあっけなくついた。
さしたる時間をおくこともなく、カルク子爵フォース・モレーシーを生け捕りにしたという報が入った。
オオカミ姿のヤドリギは俺の真ん前に来ると、さっと姿をワーウルフのそれに戻して、そのことを語った。今回はすぐに討ち取らないように事前に言っていたのだ。
「わかった。ひとまず拷問して、知っている情報をすべて吐き出させろ」
前王派の詳しい策を俺たちはまだ把握していない。それは前線で守る者から聞くのが早い。
「御意。ラッパに伝わる方法ですぐに口を割らせてみせます」
「頼むぞ。俺はほかの砦を落とす。まあ、そちらもそう時間もかからないだろう」
本城が落ちたことで、ほかの砦からも投降者や脱走者が増え、平定作業は交戦から一日でおおかたついた。
どうということのない戦いだった。
もっとも、こんなところで苦戦しているつもりなど、もとよりない。
これでさらに西へ進むことができるようになった。このまま征西を進める。
俺がやるのは前王派を壊滅させることだ。
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