143 摂政進軍
ニストニア家との連携を確認すると、俺はすぐにマウストに戻った。
船旅だが、隣にはユッカがいる。二人でベッドに座っていた。船が大きく揺れる時はすぐにベッドに横になれば、酔いでもつらくない。
そんなに船に乗ったこともないほどに箱入り娘だったはずなのに、酔いには強い。これも港を押さえている領主の一族の血だろうか。
「その……私をあんなに愛してくださったのは、この同盟のためだったんですか……?」
言葉に力はないし、うつむいているけれど、わずかに非難のようなニュアンスが込められている。
「まあ、何の関係もないと言えばウソになっちゃうな。ユッカはどこかの村の田舎娘じゃなくて、伯爵家の娘なんだから」
俺はユッカの肩を抱き寄せて、言った。
「だけど、俺の気持ちはユッカに伝わってと思っている。そりゃ、俺には何人も妻がいるけど、だからって、それがユッカを愛してないことにはならないだろ」
「はい……それはわかっています……」
ユッカのほうも俺に体を預けてきた。
「お父さんに会う機会を作ってくれたこと、感謝いたします。もしかしたら、運が悪かったら二度と会えないかもしれないですから」
「それはユッカが考えていたことか?」
「いえ、お父さんと二人で話をした時に、そう言われました。これから、かつてない大きな戦いが起こるから、自分では読み切れないところも多いと」
ユッカを連れていったのは、まあ、そういう意味合いもある。
当然、俺は勝つつもりだ。それだけの用意もしてきた。だからって、敵が無為無策で来るわけではないし、思いもよらないことで勝敗が逆転することもある。
戦史を開けば、わずかな手勢が奇跡的に敵を打ち破ったような話はいくつも残っている。
何があるかはまだわからない。まして、俺の味方をした者が途中で殺されることだってある。オダノブナガの弟の中にも、従軍中に敵に殺された者がいた。重臣の中にも戦死者は幾人もいた。被害のない統一事業などない。
俺ができるのは、そのリスクができるだけ小さくなるように努めることだけだ。
――なんだか、ずいぶんと感傷的で悲観的ではないか。
オダノブナガ、こういうのは、少しばかり悪く考えているほうがいいんだ。希望的観測だけで動くのは大将のやり方じゃないだろ。
――まあな。結局は、やってみんとわからんからな。それに覇王というものは孤独なものだ。お前もその孤独が板についてきたな。成長した証しだ。覇王から王まであと一歩だぞ。
褒め言葉として受け取っておくよ。
俺がマウストに戻って二週間後、ついに王国からの使者がやってきた。
「申し上げます。陛下率いる征西軍は賊軍カルク子爵フォース・モレーシーの攻撃を受けて、あえなく撤退することになりそうです……。このままでは賊軍が勢いづいてしまいます。なにとぞ、今の征西軍と入れ替わりで指揮を執っていただけないでしょうか……?」
使者は泣きそうな表情でそう説明した。それが演技なのか、そこまで追い詰められているのかどちらかはわからない。
「それは陛下たちはお逃げになられて、こちらで率いた兵だけで戦えということでよろしいですかな?」
「は、はい……。食糧もあまり残っておりませんので……できる限り自弁でお願いいたしたく……」
ぎりぎりまで粘ったツケが完全にハッセに来ているな。
その分、こちらの思い通りにやらせてもらう。
「なるほど。委細承知いたしました。ただし――」
俺は「ただし」という言葉の語気を強める。
「――この件は火急の問題。この摂政アルスロッド・ネイヴルが大将軍として結集させた兵をすべて指揮いたします。陛下のご聖断を仰ぐ時間もありませんので。それでよろしいですな?」
使者はたじろいだ。
そのようなことを自由に認められるだけの権限がないのだろう。
かといって、ここで条件がこじれて、俺が兵を出さないということは絶対に許されないだろう。それこそ、使者が帰るべき場所がなくなってしまう。
「はい。緊急事態であれば、それもやむをえないかと……。大軍を率いることができるのは、もはや我が国で摂政閣下ぐらいしかいらっしゃいませんので……」
「では、すぐに軍の編制にとりかかります。そう時間はとらせません。ご安心ください」
すでに兵糧の準備はできている。当然、兵を動かす準備も。
まずはカルク子爵フォース・モレーシーを滅ぼすか。
●
三日後には俺は先遣隊を小シヴィークを大将にして、出発させた。
その後ろから俺の主力部隊および、ほかの領主たちの軍が合流する。
オルビア県はすでに完全に俺の支配下なので、オルビア県の街道を通る。ここは小勢力が跋扈していたせいで、山がちなうえに街道の整備も遅れていたが、この日のために、道として機能するよう整備をさせていた。
俺がカルク子爵に対峙する場所に陣を構えた時には、すでにハッセは撤退しており、名代を務める王族の一人がいるぐらいだった。侯爵の地位を持っているが、それも形だけの男だ。
「このたびはご助力感謝いたします……。敵方は籠城から断続的な攻勢をかける方針に切り替え、こちらに打撃を与えてきました。その攻撃で征西軍の士気も下がり、総崩れの恐れも出てきたため、摂政閣下にお越しいただくないと会議の末、決定いたしたのです」
そのなで肩からは、とても戦場に慣れていないのが一目瞭然だった。損な役回りをやらされてこの男も大変だろう。
「陛下のために戦うのは当然のこと。賊軍を叩きつぶしてみせますので、ご安心くださいませ」
征西軍は尻に帆をかけて王都へと撤退していった。
さてと、あとは自由にやらせてもらうか。
俺は早速、軍人を集めて、会議を開いた。
「さて、敵の砦、どうやって落とす? こう聞いてはみたが、俺の方針はもう決まっている。正解が出せるかお前たちに尋ねる」
静かに手を挙げたのはケララだった。
「まずは待ちましょう。そして、また敵が攻撃を仕掛けてきた時に攻め入り、一気に討ち果たします。問題がないようであれば、そのまま敵の城に攻め上りましょう」
「ちなみに、なぜ、そう考える?」
「籠城戦をやっていた敵が城を出ての攻撃に転じてきたということは、おそらく兵糧が残り少なくなってきた証拠かと。早いうちに敵軍を追い返したい腹のように見えます。栄養状態の悪い兵であれば、しっかりと備えて撃退すれば問題はないかと」
「やはり、ケララは優秀だな。俺も同意見だ」




