141 ユッカとの初夜
コミカライズが決定いたしました! ありがとうございます!
俺はゆっくりとユッカの返答を待った。
待つことすら俺はほとんどできていなかったなと思う。それぐらい、ユッカに時間を使うことができていなかった。
ユッカが俺の側室になった時、すでに何人も妻や愛人がいた。俺自身、ユッカの面倒を見ている場合ではなかった。北方作戦の直後に、同盟相手に裏切られた。正念場だった。結婚当初から蜜月の時間はなかった。
そして、ユッカはユッカで、ほかの妻たちを見て気恥ずかしくなったのか、ほとんど表に出てこなかった。
そして、じわじわと時間が過ぎてしまっていた。
このままでいいわけがない。後から入ったとはいえ、妻をほったらかしにしてしまっていた。
ユッカはなかなか口を開かなかった。
視線は合っているけれど、だんだんとユッカの目が泳いでくる。
やはり、ユッカは気が小さい。いや、俺が特殊な人間たちと付き合いすぎていたせいだろう。こんなことを突然言われて、言葉が出てこないのは自然だ。
本当に、ユッカは身分を別にすれば、ごく普通の女の子なのだと思った。こんな子はかつて、俺が田舎の村を領していた時は何人もいた。それが領主になっていくうちに、視界に入らなくなっていった。
「怖いなら、手をつないで庭を散歩するだけでもいい。それも嫌なら、そうだな……一緒にお茶を飲んでくれるだけでもいい。君が幸せになれることを何かやろう」
俺も自分がやけに必死になっているなと思った。
本当に恋をした一少女を必死にくどいてるみたいだ。
違うな……。俺、これ、本当にユッカという少女に恋をしているんだ。
今までは俺は領主だった。誰かを愛することはあっても、恋をすることってなかった。相手が振り向いてくれることは、なかば規定事項であって、誰かを振り向かせることに必死になるだなんてことはなかった。
俺はユッカという少女に振り向いてもらおうとしている。それは初めてのことなんだ。
きっと、町や村の男は惚れた女をこんなふうに口説くんだろうな。それで許しを得たり、こっぴどく振られたり……まあ、そんなことを繰り返しているんだろう。
――あっはははは! これから天下を取ろうという男が、何をしている! お前ももう年齢は三十歳に近いだろうが。どうして、そんな女に心から懸想しておるんだ! 十四、五の若造のようだな!
職業のオダノブナガにまで笑われた。まあ、恋焦がれるだなんて、王を目指す人間がすることではないと言われればそれまでだ。
ただ、俺は自分の妻を幸せにしたいんだ。
そして、この子を形の上では側室にしたのに、放っておいてしまった。
その穴埋めをどうにかしてしようとしていた。
――お前の当初の考えはおかしなことではなかった。ニストニア家にも兵を出させるために、今のうちにシャーラ県のほうに出向いておこうという魂胆だったな。間違いではない。顔を出せば、ソルティス・ニストニアもお前と一蓮托生という気になる。シャーラ県は王都からも近いからな。目付役としても正しい。
オダノブナガが俺の頭の中で解説を続ける。
――だが、そこでお前はニストニア家のこの側室の娘のことが気にかかった。そしたら、この娘のことで、頭がいっぱいになっておるではないか。そりゃ、側室との仲もよいと義父に報告できるに越したことはないが、お前は摂政だぞ。そんなこと、相手は気にはせんわ。
だから、妻を幸せにしたいと言ってるだろ。
俺は不幸な女をできるだけ作りたくない。なのに、自分の側室に目が届いてないだなんて、お笑い草だ。
ユッカはもう一度、俺の顔を上目遣いで見て――
「ふふふっ! 摂政閣下、おかしいです!」
そう言って、声を出して笑った。でも目には涙がにじんでいた。
「私なんて、しがない領主の、つまらない娘ですよ。セラフィーナ様やルーミー様やラヴィアラ様やフルール様の美貌にだって、ちっともかないません。なのに、なのに……あなたは、こんなに真剣に私のことを見つめてくださるんですよ……」
ユッカは俺の胸に体を預けた。
「不束者ですが、私を愛してください……。何もわからないですけれど、やれる限りのことはいたしますから……」
「ありがとう、ユッカ」
俺はぎゅっとユッカの体を抱きしめた。軽い体だと思った。
●
そのあと、ユッカと初夜を迎えた。本当に遅すぎる初夜だ。
ユッカも大変そうだったけれど、最後はベッドの中で俺の手を握ってくれた。
「私、小生意気かもしれませんが、摂政閣下の強さの秘訣がわかった気がします」
「秘訣?」
ユッカは微笑んで言った。
「私なんかのために、あんなに真剣になる殿方なんて、同じ立場の方でもほかにいないですよ。もう、損得を超えてるじゃないですか。損得を超えて、何かを成し遂げようとすることなんて、普通の人間にはできませんから」
「ああ、そういうことか」
一人の女を愛することに、こんな局面で一生懸命になる摂政は過去にさかのぼってもいないかもしれない。
ただ、一点、気に入らないことがあった。
「ユッカ、『私なんか』っていう表現はもう使うな。これは摂政としての命令だ」
俺は少しだけ硬い声で言った。
「君も十分に美しい。そんなつまらない言葉で自分を卑下するな。君は摂政の妻の一人だ」
「……はい、以後、気をつけたいと思います……」
ベッドの中でユッカは俺の胸にもう一度、顔をうずめた。
「あなたに愛されて、幸せです。本当に、本当に……」
時間がかかったけれど、俺たちは正しく愛し合えたと思う。できれば、これからもこの関係がずっと続いてくれればいい。
明日はニストニア家のところに向かう予定だけれど、少しぐらい眠りが浅くなってもいいだろう。
その晩、俺はもう一度、ユッカを求めた。
ガンガンGAさんにてコミカライズが決定いたしました! 詳しいことは昨日アップした活動報告をごらんください! また今月発売のGAノベル2巻のイラストなども公開していきたいです!




