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140 手のついてない妻

 ハッセが音をあげて、俺に救援を求めるのを待つべきなんだろうけど、ゆっくり手をこまねいているのは俺の性格に合わなかった。

 ただ、次の作戦の前に解決しないといけない問題があった。

 一言で言えば、家庭内の問題だ。


 こればっかりは俺が動かないと解決しそうにない。


 俺は側室であるユッカの部屋を訪れた。

「あっ……。摂政閣下……。散らかっている部屋ですみません……」

 まだユッカは俺に慣れてないというか、マウスト城での生活にも慣れていなかった。


 ニストニア家という、現在では伯爵である領主の娘であるはずなのに、どこかあか抜けないところがある。これは生来の性格によるものだろうか。同じ領主の娘でも、セラフィーナとはえらい違いだ。


 まあ、側室になってから日が浅いというせいもあるかもしれない。あまりにも露骨な政略結婚だったし、俺もあまりユッカのところを訪れてはいなかった。もちろん、軍事作戦などで忙しかったというのもあるが。


 その時も自分が部屋の主人であるはずなのに、ずいぶんと隅のほうに寄って、小さくなっていた。

「ユッカ、君は別に使用人じゃないんだ。もっと、リラックスしてくれていいんだが。俺の顔はそんなに怖いかな。別にオークやオーガの顔をしているってことはないつもりなんだけど」

「いえ、そういうわけじゃ……」


 どうも、この子のおどおどした様子を見ると、嗜虐心を誘うというか、いじめたくなってしまう。俺はそういう心を押し殺した。


「それとも、あまりにも人を殺してきた男のそばに来るのは怖いか?」

「ち、違います……。そんなことはないです……。ただ、恐縮してしまって……私なんかが、末席とはいえ、摂政閣下に側室として仕えているだなんて、いまだに実感が湧かなくて……」


 とにかくユッカは自分に自信がない。それも度を越している。

 もっとも、わからなくはない。今、歴史は激変している。その中でどう生きていけばいいのか、見当がつかないという人間がいたって不思議じゃない。道を誤れば、自分の身も、一族も、すべてが滅んでしまうのだ。数百年前の安穏とした時代の領主たちよりはるかにストレスも多いことだろう。

 ただ、大半の人間は怖くないふりをしているか、鈍感でそんな意識すらないかのどちらかだ。


 とはいえ、ずっと妻がこれでは俺も困る。なにせ、今後もユッカには不安な日々が待っているはずなのだ。俺がお行儀よく摂政をやっているなんてことはありえない。最低でも戦地に出ていくことになる。

 だからこそ、早くけじめをつけておきたかった。

 もちろん、ニストニア家との政治的な問題もあるが、それよりも妻との関係のほうが大事だった。


 俺はゆっくりとユッカのほうに近づいていった。

 なぜか、ユッカは席を離れて壁のほうに逃げていく。


 それを俺が追いかける格好になる。

「どうして、逃げるんだ、ユッカ……?」

「その……すいません……」

 そのまま、ユッカの真ん前の壁を、強く押す形になった。


「ひゃっ!」

 これでは俺が悪漢じゃないか……。


「ユッカ、そんなに俺が怖いなら、こちらも離れるしかないだろうが、夫が近づくと逃げ出すというのは、少しひどいんじゃないか……?」

「すいません……男の方にはまだ慣れていなくて……。いえ、それだけではありませんね……。ほかの奥様たちにも、気後れしてしまって……」


 ユッカはウソなどつけない性格だから、結果的にすべてを自分の口で語ってくれた。

 俺の妻となってからも、ユッカはほとんど自室に引きこもっていた。


 最初はセラフィーナなども何度か誘いだそうとしたようだが、「思ったよりもガードが堅くて、やりづらいわ」と俺に言ってから、あまり誘わないようになってしまった。

 単純に自分とウマが合わないと感じたのだろう。たしかにセラフィーナとユッカの性格はちょうど真逆と言ってよかった。


 しかも、悪いことに、婚姻自体が俺の北方遠征直前だったこともあり、婚約が成立したあとも、俺はあまりそばにいなかった


 そのせいで、ユッカは妻たちや侍女のサロンの中でも、孤立してしまっていたのだ。いや、孤立してしまっていたという表現は正確じゃない。ユッカ自身が孤立を望んでいた部分も強い。ニストニア家でもほとんど外に出ることはなかったはずだ。


「まさに、それを解決しに、俺は来た」

 俺はユッカの瞳を見ながら言った。


「解決、ですか……?」

「ユッカ、ここには君と俺以外誰もいない。だから、はっきりと言うぞ。俺は君と愛し合いたい」

 ユッカがびくっと体をふるわせた。


 そう、俺とユッカは婚約はしたものの、ずっと愛し合う関係になかった。


 実のところ、これはそう珍しいことじゃない。政略結婚というのは、家の都合だけでなされたものも多い。一番ひどいものになると、結婚翌日に妻を塔に幽閉した領主なんかもいる。

 けれど、それがいいわけがない。


 側室にまったく手をつけないとなると、本当に政略のためだけに相手を利用したと言われてもしょうがない。


「言い訳をさせてもらうと、俺はとても忙しかった。しかも、君は君で引っ込み思案で、おそらく俺のことを恐れている面があった。だから、俺はそれなら無理をしなくてもいいかと、ずっとこのことを後回しにしていた」

「いえ、それは摂政閣下は悪くありません……。私もほかの奥様たちの美貌にとてもかなわないし、摂政閣下がいらっしゃらないのも当然だと考えていました。それで安心してもいました」


 それが真相なんだと俺も思っていた。

 セラフィーナのような外向的な性格の女と比べると、内気なユッカには華がなかった。

 でも、それは美しくないというのとは違う。ただ、美しさの種類が違うだけだ。


「もし、許されるなら」

 俺はそっと、ユッカの手を自分の両手で包んだ。

「今夜、君を抱きたい。妻として」


 まったく経験がないのだろう。ユッカの困惑した瞳が俺を見つめ返している。

「怖いというなら、無理強いはしない。君を苦しめたら何にもならないからな。ただ、このまま時間を空けてしまうと、君がもっと不安になってしまうかと思った。また、俺は長く戦地に出ていくだろうから」


 俺はゆっくりとユッカの返答を待った。

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