137 妻の出産を待つ
いよいよ王都では、国王ハッセが出兵するかという頃。
ついにルーミーが産気づいた。
俺はアルティアとラヴィアラを連れて、マウスト城下にある神殿で祈りを捧げた。
目の前では、神官たちが火を焚いて、安産の祈祷を必死に唱えている。
同じような節回しの祈祷がずっと続いているせいか、だんだんと酔ったような、夢見心地のような気分になる。
俺は両手を組んで、ぼうっとその様子を見つめていた。
両側ではアルティアとラヴィアラが同じように手を組んでいる。
安産の祈祷ではあったが、俺はもっぱらルーミーが無事であることばかりを考えていた。極端な話、死産でもいいと思っていた。
男子が生まれるか、女子が生まれるか、どちらがいいのか。自分の中でも迷いのようなものがあった。それに、そんな政治的な判断はルーミーの体を気づかうことより、不純である気がした。
一時間ほどにもおよぶ祈祷の声が消え、代表の神官が「終わりでございます」と言った。終わりというのは俺たちが参加する祈祷がという意味だ。祈祷そのものは出産が終わるまでずっと続けられることになっている。
「わかった。俺たちは別室で少し休憩してから帰る。いや、出産が終わるまで戻るべきではないかもしれないな。城がばたばたするのはあまりいいことじゃない」
「アルスロッド様、とにかく行きましょう。ここは火を焚いたせいで熱いです……」
ラヴィアラにそう言われて、俺たちは早々にそこから退出した。
――お前は存外、信心深いところがあるな。
オダノブナガはいかにも神を信じていなさそうだ。
俺だって本気で信仰しているわけじゃない。でも、こうやって祈りを捧げることしかできないことだってある。ルーミーの代わりに誰かが生むわけにもいかないんだ。
――そうだな。運というものに神意がおよぶと考えるなら、ワシもそれなりに神のことを考えておったかもしれん。
だろ。すべてが計画どおりには運べば苦労はしない。もっとも、俺の計画がこの場合、何なのかはよくわからないけど。
ルーミーには「王を生んでくれ」とは言った。しかし、「男子を生んでくれ」とは言ってない。男か女かで計画にも変化は起こりうるはずだが、あまりそこまでは考えないでいた。
――まあ、こんな時ぐらいは妻の無事だけを考えればいいだろう。ワシだって戯れに自分から魔王を名乗ったこともあったが、所詮は人の子よ。本当に神であれば、謀反程度で死ぬこともなかったわい。
最近、お前が丸くなった気がする。気のせいかもしれないけど。
――それは、お前の立場が昔のワシに近づいてきたせいだろう。大名の一つや二つつぶす方策ならすぐに授けられる。だが、ここから先は結局はお前が決めるしかない。ワシはワシでお前に託す。ワシに夢を見せろ。
俺は思わず、ほくそ笑んでいた。職業というより、オダノブナガは戦友だ。
その点では、職業としゃべれないケララやタルシャはつまらないだろうな。いや、俺が異常なだけだから、それをつまらないとか面白いとか考えるのがおかしいのか。
「お兄様、楽しそうだね」
廊下を歩いている時に、アルティアに指摘された。
「俺たちが悲愴な顔をしてもしょうがないだろ。むしろ、妻を笑顔で迎えられるような準備をしているんだ」
「そうだね。きっと、出産は無事にすむよ」
アルティアの言葉が本当になればいいな。
「ええ。なにせ、アルスロッド様の子供を生んだ人で、死産だった人は誰もいないですからね。このまま記録を更新し続けますよ」
ラヴィアラが冗談めかして言った。
妹の前でそう言われると、多少の気恥ずかしさがある。
「あの子は、ラヴィアラのほうに似てきたな。耳もエルフっぽく尖っているし」
ラヴィアラと俺の間にできた娘は小ラヴィアラと呼んでいる。母親のように元気な子供になってほしいという願いからつけた。
「でも、両親どっちに似てもあちこち動き回るような子にはなると思いますから、その点ではあまり変わりありませんよ」
「まあ、おしとやかな子に育つことは期待してないから大丈夫だ」
「いえ、そんな、きっぱりと言われると微妙な気持ちになるんですが……」
アルティアがくすくすと笑った。
別室に入ると、俺たちはとりとめもない話をした。それこそ子供時代に戻ったような、どうでもいいことをたくさん話した。
昔は子爵の地位を継ぐことさえ考えになくて、俺たちは兄の家臣のような気分で生きていた。
領主の家柄だから、大人になれば厄介ごとや争いに巻き込まれることはわかっていたけれど、それはあまり考えないようにして過ごしていた。
アルティアは体が弱くて、森を遊びまわるようなことはできないから、俺とラヴィアラが一緒にアルティアの部屋に行っては、とってきた木の実を見せたり、森の話を聞かせたりした。慎ましやかな日々だったが、あれはあれで悪くなかった。
あれからずいぶん時間が過ぎた。
三人ともが親になって、俺とラヴィアラの間にも娘がいる。過去の俺たちが今の話を聞いたら、信じてくれるだろうか。きっと無理だろうな。
よもやま話を二時間もしていた頃だろうか。
取次の次女が使者の到着を告げた。
使者の表情が喜びに満ちていたので、朗報だとすぐにわかった。
「申し上げます! 元気なお子様がお生まれになりました!」
「うむ。早馬、大儀であった」
俺は鷹揚に言ったつもりだったが、笑みを隠しきれなかったように思う。
「それで、男か、女か?」
「姫でございます」
「そうか。女子か」
今は王位継承権の順番などを考えるのはやめにしよう。
「悪いが、城に戻って、『ありがとう』と伝えてくれ。母子が落ち着くまでは俺からは近寄らないようにする」
使者が去ったあと、俺は椅子に座って、ふうと深く息を吐いた。
「ある意味、戦三つ分ぐらい続けてやったような気分だ」
「話を楽しんでいたようでいて、それだけ気にされていたんですね」
ラヴィアラに言われた。
「当たり前だ。ラヴィアラの子が生まれる時もこんな気持ちだったさ」
次回から新展開です。征西に向けてようやく動き出します(遅くてすいません……)。
さて、11月発売のGAノベル2巻のイラストが続々と手元にやってきてます! 2巻もとっても素晴らしいのでぜひお手にとってください!




