132 フルールの予言
マチャール辺境伯になったタルシャは約束どおり、そのあと、周囲の領主たちを改めて、自分への服従を迫っていった。
タルシャの快進撃はマウストの俺のところにすぐに届けられる。
政務室の堅苦しい空気が苦手な俺は、フルールの部屋に来て、ほとんど名前も知らない田舎領主から人質を差し出させたという書状を読んでいた。
「辺境伯は大変順調なようですね。ほとんど休まず働いているかのようです」
フルールがたおやかに微笑んだ。フルールの部屋に来ているのは、彼女が並みの軍師などよりはるかに政治感覚に鋭いからだ。
「ちょうど、今は代替わりの直後。自分の実力が卓抜したものであることを見せつけねばならない時ですしね」
「そういうことだな。舐められたら、面倒なことになるからな。とはいえ、タルシャの武勇を知らない奴は北部にはいないと思うが」
「ミズルー県の支配はまだ進んでいませんでしたから、このままそちらも勢力圏に収めるつもりなのでしょう。北部二県の平定はそう時間を置かずにすみそうですね」
サーウィル王国北部は大きく、東側のマチャール県と西側のミズルー県に分かれる。どちらも王都付近の県と比べるとはるかに面積が広い。
かつて異民族が住んでいたこともあり、行政機構の進出が遅れたことと、山がちで人口が少なかったことに起因する。
もともとマチャール辺境伯はマチャール県の中でも人口が多い(つまり、王都にまだ近い)南部のウルヒラに拠点を持っていた。今でも居城はウルヒラ城であることは変わらない。
それは同じ県の北部の支配までは十二分には行えていなかったことを意味する。
そのマチャール県北部や隣のミズルー県にまで影響力を及ぼしはじめたのは、ようやくタルシャの父親サイトレッドの代からだ。
サイトレッドが俺に反抗的だったのも、自分が北部領主の盟主になれば勝てるという自信があったからだろう。
しかし、支配地域を広げる中でサイトレッドは、ずいぶんと無茶をやったらしい。これはサイトレッドだけに限ったことではないが、整備されてない権力機構を強引に作り出せば、どうしても敵は出てくる。
そこに、武勇で知られたタルシャがマチャール辺境伯を名乗って突っ込んできたことで、決着はついた。多くの領主たちは俺に負けたサイトレッドを見限ったのだ。一緒に従ったままでいれば滅ぼされる危険も出てくる。
「ここまで急がなくてもいいんだけどな。まだ、王の征西はできてないままのようだし」
王であるハッセ自身は乗り気だったようだが、そこからの動きは遅々として進んでいなかった。俺が将をまとめて引き上げたのがいまだに響いているのだ。
「仮に陛下が総大将をつとめるとしても、副将にあたる武官が数名は必要となります。そのような人材は王都近辺にはいらっしゃいません。皆、何かと理由をつけて、辞退しているようです」
「王の取り巻き連中は、まあ、そんなものだ」
王都の情報は主にヤーンハーンから届けられる。彼女は厳密には王朝に仕える官僚の立場だから、王都を離れていない。もっとも、そのあたりは建前であって、俺についてきた官僚も当然いるが、ヤーンハーンの場合は商人の顔も持ち合わせているから、王都は離れられないのだ。
ヤーンハーンの報告によれば、ハッセは征西計画がまったく具体化しないことで、かなり業を煮やしているらしい。弱腰の家臣たちを怒鳴りつけているが、それでも兵の集まりが悪いので動けないという。
「しかし、いくらなんでも遅すぎます。王の近臣の方々はむしろ、どうにか戦争を避けようとしているかのようですね」
やはり、フルールは鋭いと思った。
「事実、避けたいんだろう。極論、王の取り巻きにとったら、国土の再統一なんてどうでもいいんだよ。まともに王都から出たことさえないようなのだって珍しくない。連中は王じゃなくて、王都に引っついているネズミみたいなものだ」
流浪の状態だったハッセは官僚機構も家臣団も持っていない。王都に入った時に、前王派にいじめられていたハッセの父親が王だった時代に栄えていた連中を登用したのだ。
そいつらにとったら、王統が前王に変わらなければ、勝利条件は満たされていることになる。むしろ、戦争が連続して起きて、王統が転覆するようなことになったら大変だ。前王がやってきたら、連中はみんな失業することになる。
「ああ、彼らは権力を握っていられれば、それ以上は望まないのですね」
「フルールのウージュ家みたいに家の存続に全力を注いだような者たちとは考え方が違うんだ。俺の家もそうだったが、俺たちはあくまでも軍人だった。でも、王の取り巻きの大半は剣も弓矢もまともに扱ったことがない文民だ。戦って勝ち取るという考え自体がないのさ」
もう、そんな事なかれ主義の連中がやっていける時代は終わろうとしているのに、あいつらはまだそれにしがみつこうとしている。
無能というよりも、それ以外の生き方を本当に知らないのだ。
「だから、摂政閣下を遠ざけたかったのですね。彼らにとったら、革命が起こっては大変なことになりますから」
「うん、連中に取ったら、前王より俺のほうがむしろ怖いんだろうよ」
前王が返り咲いても、鞍替えできるかもしれないが、俺が王国を作ってしまったら、そこではどうなるかわからない。
「フルール、膝枕をしてくれないか。今日は少し疲れた」
「はい、どうぞ、閣下」
俺はフルールの膝の上でまどろむ。今、マウストは本当に平和だ。もし、王都もこんなにのんびりとしているなら、それを続けるほうがいいと思う者もいるかもしれない。
「でも、争いは起こりますね。きっと、彼らの思惑とは関係のないところで」
予言するようにフルールが言った。
「二つの勢力があるところで接しているのであれば、いずれ、そこで軍事衝突が起こります。その戦いに陛下の側の領主が負ければ、見殺しにはできなくなります」
俺はフルールの瞳を黙って見上げた。
だろうな。小領主の娘として辛酸を舐めたフルールにはそういった感覚がわかる。
「できれば、もう四か月待っていてほしいんだがな。それぐらいはもつだろう」
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