122 皇太子の儀
皇太子の儀はおごそかに行われた。
もっとも、皇太子本人は何が何だかわかってないようだったが。まだ二歳だから仕方がない。
儀式はこれまでの疲弊していた王家のものとは思えないほど、豪華なものだった。俺が各地を平定して、税などもかつてよりは国庫に入るようになっている。
王のハッセとしても、俺としても、これで国家の権威を高めることができるのは悪い話ではない。王家に力があると見せつけることが今は重要だ。
これで、ハッセが戦場に出る可能性は一段と上がったわけだ。少なくとも、ハッセが戦死した時の混乱は最小限に抑えられる。
とはいえ、さすがにハッセを死に追いやる計画までは進んでない。
それは事が運びそうであれば進めるというだけのこと。現状、俺とハッセはまだ運命共同体だ。国家を統一しないことには、新しい王朝だって開けない。
しかし統一が終わったあとに、王家を奪うことが許されるかといえば、そこは難しくはある。
国中から簒奪者だと思われれば、あらゆるところで歯向かう者が出てくる。だとしたら、かえって厄介だ。
ならば戦時下で王が死んだほうが、話を都合よく取り計らいやすいという面はある。戦時下であれば、強力な指導者が必要だからだ。
ここは先輩である職業に聞いてみようか。
オダノブナガ、お前の場合はどうやって王を追放したんだ?
――お前のほうから質問があるとは珍しいな。
そのせいか、オダノブナガは少し上機嫌だ。
――ワシの国は極めて特殊でな、いわば王は元からいて、その下に将軍がいるのだ。その将軍が実質上は王として君臨しているという形式をとっていた。
なるほど。軍事政権ってことか。よくある話だ。
――足利将軍はたいして独自の軍事力を持たんから、軍事政権というのとも、ちょっと違うんだが、まあ、将軍が軍人の頂点に立っているということは間違いないな。官位も軍人の中で一番高い。ああ、官位は権力を持ってない王のほうから授けるわけだ。
ああ、そっか。それならその将軍より官位で上に立てば大義名分が立つな。将軍より偉いという形になれば、従う必要がなくなる。
――やはり、お前は頭の回転が速いな。大正解だ。だから、政権をとる時はあまり頭を悩ませなくてよかったのだ。いずれ、自分のほうを朝廷は上の官位に置くだろうと思っていたからな。将軍の足利義昭より偉くなった時点で、ワシに幕府を開く権利が生まれる。
客観的な官位が別個にあるというのは、たしかにわかりやすくていい。
自分が仕えていた者より偉くなってしまえば、もう裏切りでも何でもなくなる。
――もっとも、そうなる前に義昭はワシに反抗して余計なことを何度もしおったがな……。鬱陶しくはあったが、かといって殺してしまえば外聞は間違いなく悪くなる。それだけは避けたかった。将軍殺しをした奴は過去にもおったが、やはりそこから先、栄達できた例はない。
このオダノブナガは破天荒なようで、その実、慎重派だ。だからこそ、話を聞く価値がある。
――いいか? 今こそ外聞はくどいほどに注意しろ。謀反人に手を貸すということを、人間は無意識のうちに避けたがる。自分の側が悪と思われることを喜んでやる奴はめったにおらん。王を降ろすこと自体は簡単だ。問題はそこから先だ。なんだってそうだろう? 茶碗を割るのは楽でも、掃除は時間がかかる。
胸に刻んでおくよ。たしかに次の一手はよく考えて打たないとな。
これまでは西側の前王を担ぐ勢力を滅ぼせばいいのだと、漠然と考えていた。
しかし、それでハッセがサーウィル王国の「中興の祖」となってしまうと、そこから王位をもらうのは難しくなる。
――この国にも禅譲という概念があれば楽であったのにな。もっとも、日本にもなかったから贅沢は言えん。
ゼンジョウっていうのはどういうシステムだ?
――皇帝……まあ、王だな。王が自分の徳は足りないとして、王にふさわしいと見込んだ者に平和裏に王の地位を譲り渡す行為だ。建前の上ではな。たいてい、軍人が権力を持ちすぎて譲るしかなくなる。で、譲った後はだいたいもともと王だった一族はぶち殺される。
そりゃ、そんなもの放っておいたら、いつ反対勢力に担がれるかわからないものな。
――そういうことだ。それでも、制度として存在していると人間が知っていれば、その制度をとることに違和感はないだろう。しかし、このサーウィル王国だったか? そこでその前例を誰も知らないのでは手は使えんな。
なるほどな。
次はどういう策を立てたものか。
たんに西征の軍を出すよりも必要な手があるかもしれない。幸い、本拠のマウスト近辺は謀反人を倒したおかげで、今ほど平穏な時期はない。いっそ、マウストで考えてもいいな。
儀式の最中、俺は上の空でいろいろと思いを巡らせていた。
王となるのに最も速い道はどれか。
王となるのに最も確かな道はどれか。
俺だけが王になってもしょうがない。
俺の一族が代々、王となってこの国を継いでいける形をとらないと、たんなる乱世の一代の梟雄で終わってしまう。それではエイルズ・カルティスと同じだ。
最終的に勝たなければ、周りの者を何人も不幸にするだけになってしまう。
ふと、隣のルーミーが悲しげに兄であるハッセを見ているのがわかった。
ハッセのほうは息子が皇太子になる日ということで、感極まって涙目になっているが、それとルーミーの表情はずいぶん意味合いが違う。
「どうした、ルーミー? 華々しい式典じゃないか。そんなに憂い顔になるのはよくないぞ」
「わかっていますわ。ですが……これでお兄様は戦場に出られるようになってしまいました」
結果的にルーミーの願いを守れないことになってしまったな。
「陛下の願いを断り続けることは摂政の立場としてできなかった。許してくれ」
「はい。すべてはお兄様が自分で決めたことではありますわ……。でも、わたくし最近、だんだんと怖くなってきているのです……」
ルーミーは俺の横にぴたりとくっつくと、俺以外の誰にも聞こえないような声で言った。
「あなたが……王家など滅んでしまえばいいと思っているんじゃないかと……」




