121 皇太子を決める
「ルーミーが懐妊した。俺の血と王家の血を引く子供が生まれる」
俺の言葉に、ヤーンハーンも驚いたのか、思わずうつむいた。
「少なくとも、まだそのお子が王位につく形は整っておりませんよ……」
「そんなことはわかっている。ただ、王家の血がつながる可能性が高くなったというだけのことだ」
無論、ハッセの子供が全員死ねば、直系の血筋は断絶するからルーミーの夫、つまり妹婿の子供が王位につけるという話も出るだろうが、さすがに疫病でも上手い具合に流行ったりしない限り、そんなことにはならないだろう。
それに、そんなものが流行したら、俺の子供や妻だって、被害に遭いかねない。
「まあ、それはそれとしてだ。陛下はいまだに戦で総大将をつとめるつもりでいらっしゃる。その陛下が戦死なさった時に立て直す方策を考えるのは、必要なことだ。念には念を入れないといけないからな」
「そうですね……。王が欠けたことを覆い隠せるほどの戦果があれば、問題はないということになりますでしょうかね」
少し、ヤーンハーンも落ち着きを取り戻してきたようだ。
「たとえば、前王も戦死したとなれば、今の王統に問題はないということになりませんか?」
俺は、自分の顔に笑みが宿るのに気づいた。
「王朝共倒れか。それなら、ハッセの子供が王位について、王家は存続するな」
悪い話じゃない。当然、危険も大きいが。
それに、こちら側だけが決めてどうこうできることじゃない。
前王が前線に出てこなければ、討ち取ることだって不可能だ。
しかし、前王が前線に出たくなる餌というと――
ハッセが前に出ていることか。
ありえない話ではないな。
だが、よほど上手にやらなければ俺が仕組んだように見えるとまずい。
王に納得してもらうのが一番早いか。
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「お兄様は、本当に強情ですわ……」
少しずつ身重になっている印象を受けるルーミーが俺の前で嘆いた。
「王家の栄光を取り戻してみせるとそればかり……。危険だと言っても、それは理解していると……。こういうのは理解しているとは言いませんわ。自分に酔ってしまっているのです……」
「ルーミー、こうも陛下にずっと逆らっていては、こちらに二心があると思われかねない。俺もそろそろ折れるしかないかなと思っている」
「えっ?」
俺の言葉が予想できていなかったのか、ルーミーは不思議そうにこちらの顔を見つめていた。
「そうですわね……。あなたが総大将に出ることを王家を狙う意志があると思っている方もいらっしゃるかもしれませんし……」
はっきりと口に出す者はいないが、そう考える者は必ずいるだろう。軍の大権を手にしている者は、ほかを抑え込むだけの力を持つ。
「とはいえ、身が危うくなることもある。そのことを説明して、ご理解いただいたうえで、決めていただこうと思う。俺ほど、戦場で危ない橋を渡ってきた摂政もいないからな」
「はい……。どうか、心変わりをしてくれればいいのですが……」
心変わりしたならしたで、そのままやるだけだ。
あらゆる事態を想定して、計画を立てる。
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「義弟殿、何度言われても、私は戦争に出るつもりでいるからな! この伝統ある王国を復興するのに、最初から最後まで玉座にふんぞりかえっているわけにはいかん。この手で剣を取らなければ、後世の者たちは私を臆病な王と嘲笑するであろう」
俺のほかにも多くの臣下に諫められて、だんだんとハッセも意固地になってきているようだ。
「必ずや、戦場で兵を指揮し、華々しく勝利を飾る! この混沌とした時代に終止符を打つ!」
意固地になるのもやむをえないか。危険だからやめろという反対派と、危険なのはわかっているというハッセとの間では溝が埋まるわけがない。水掛け論が続くだけだ。
「そのお気持ちの強さ、感じ入りました」
「そなたの気持ちもわかるが……むっ、ついにわかってくれたか?」」
「そこで、陛下が前線に出た場合のことを前提として、計画を練りたいと思います。ただ、さんざんくどくど言われて耳が痛いかと存じますが、戦場では不測の事態も生じます。その戦場をこの摂政ほど知る者はいません。こちらの説明を聞いて、それでも構わないということであれば」
「そうか、そうか! ぜひ話を聞かせてくれ!」
わかりやすいほどにハッセは喜んでいる。
ほかの廷臣はざわついている。俺がハッセを行かせるとは考えてもいなかったようだ。
「戦場での心得もそうですが、留守のほうにも気をつかわねばなりません。細心の注意を払ったうえでご出発くださいますよう」
「うむ! まったくそのとおりだな!」
「そこで、まずは皇太子を事前にお立てください。まだ、跡継ぎを誰にするか、はっきりと定められてはおられませんので」
俺は静かにそう言った。
「だが、まだ私の子供は皆、幼い。決めるにしては早すぎるのでは?」
「戦場に出るとなれば、命を落とすことすらあるということです。もし、陛下がお亡くなりになり、次の王になる方が誰かすら決まっていなければ、王国は大混乱をきたします……。それはお子様の身すら損なうことにつながりかねません……」
その言葉にハッセも神妙にうなずいた。
「そうだな……。義弟殿の言うとおりだ。私が死んだ途端に、国の先行きが不明になれば、パッフスこそが王だと思う者が出てきかねん……」
「そういった最悪の事態を防ぐためにも、戦場に出向かれる場合は、必ず皇太子をお決めになられてからにしてほしいのです。そして、陛下の身に何かあった際にも、すぐに皇太子が即位し、それを臣下が支える形をとっておくようにすれば、国は簡単には傾きません」
俺の言葉に感心したような声を出す臣下もいる。
この提案自体はまっとうなものだし、直接は俺の利益になることでもない。無用な疑いを減らすことができれば、それでいい。
「わかった。それでは皇太子だが、長子のアトムズにする」
こうして、まだ三歳にもならない幼子のアトムズが皇太子になることと決まった。




