118 王の参戦希望
俺は武官たちを従えて、王であるハッセの前に拝謁した。
「無事に反乱を平定して、王都に帰還いたしてまいりました。留守の間、心配をおかけしてしまったかもしれませんが、もはやこの王都が落ちるおそれはわずかばかりもありません」
「うむ。義弟殿の勝利を信じておったぞ」
王の周囲にいる君臣たちも俺と王を交互に見ている。王につく家臣もかなり俺の息がかかった者を増やせているとはいえ、当然、王のお気に入りもいるし、すべてがすべてそうというわけにはいかない。
「すでにご存じかもしれませんが、今回の反乱、やはり前王のパッフス六世が仕組んだものであるようです」
「やはり、そうなのだな。あの愚か者め……。無駄なあがきをしおって……」
ハッセにとって従兄にあたる前王パッフス六世は、不倶戴天の敵に当たる。そもそも、ハッセの父親が王である地位をパッフス六世に奪われている。
表情を見ただけでも、ハッセが強い怒りをにじませているのがわかった。
「それで今後の平定計画ですが、前王を戴く西側の領主たちをついに滅ぼしにかかることになるでしょう」
「いよいよか!」
ハッセが意気軒昂な声をあげた。久々にサーウィル王国を統一できるかどうか、それにかかっているのだ。
もし、統一が成し遂げられれば、ハッセは名目上は秩序を回復した者ということになる。そのまま王国の歴史が続けば、中興の祖として仰がれることは確実だろう。そこに夢を見ないはずがない。
とはいえ、浮かない顔の家臣団もいる。
あいつらが俺を危険視しているのは明らかだ。このまま、俺が事実上の将軍として、王国を平定すれば、当然俺にかかる権力はさらに大きくなる。
その時、俺がどういう行動に出るのか。連中はそのことを憂えているのだ。
不安は正当なものだが、まさか何の根拠もないのに、俺を除こうなどと動くことはできまい。俺がいなければ、世界はさらに乱れる。俺がいないことで、前王が西から攻め上ってきたら何をしているかわからない。
連中にとって、俺は王朝に対する毒薬かもしれないが、、その毒薬抜きでは前王という病魔を食い止めることもできない。痛しかゆしといったところだろう。
「前王にすりよる西側の有力領主、タルムード伯・サミュー伯らを討ち滅ぼし、王国の再統一を行う――その総仕上げに我々は入ることになるでしょう。無論、多くの兵と兵糧が必要になります。その調達を行うために、臨時税を付加することをお許しいただきたい」
俺は恭しくハッセに向かって頭を下げた。」
次の戦いは長丁場なだけでなく、極端に大規模なものになる。そのための準備も入念にやらないといけない。
とくに大きな会戦で手痛い敗北でも喫しようものなら、旗色が一気に前王側になびきかねない。
俺だってあっさりと自分が勝利できるとまでは思っていない。何万の兵を出す戦で失敗して、滅んだ者も多い。よほど慎重にやらないと。
ハッセは鷹揚にうなずいた。
「いちいち、義弟殿の言うことはもっともだ。この戦い、万全に万全を期す必要がある。なにせ、長らくばらばらになっていた秩序を元に戻すのだからな。この私も万感の想いでいる」
王都での凱旋パレードのことでも考えているのだろうか。だとしても、王として自然なことだ。責めるには値しまい。
ハッセはとくに優秀な王というわけではない。それは何度も顔を合わせてよくわかっている。
かといって、歴代の王の中で飛びぬけて凡愚というほどでもない。平和な時代なら、この程度の者でも、どうとでもなっただろう。
王というのは英雄とは違う。国の頂点にいて、政治が大きく悪くならないように気を配るぐらいで十分なのだ。少なくとも悪法を並べて、王都近隣の民が嘆いただなんて話はない。王たる仕事ぐらいはやれている。
問題は、今が偉大な指導者を必要としている時代だったというだけのことだ。
乱世を終えるには俺みたいな者が必要になる。
だから、俺は見返りとしていずれ国をもらう。
「ところで義弟殿、次の統一の戦役に向けて、一つお願いがあるのだが、よいか」
ハッセが尋ねてきた。
「はい。いったい、どのようなことでしょうか?」
「その戦役、この私が軍隊を率いて戦いに出たいのだが、よろしいか?」
少しばかり俺は不快な顔をしそうになったが、押し隠した。一言で言うと、邪魔だと思った。
「なるほど。王として鼓舞していただけるなら、この俺もありがたいかぎりです。多くの諸将もさらに勇み立つでしょう」
「いや、義弟殿には次の戦役は休んでいただこうかと考えている」
最初、言葉の意味がよく理解できなかった。
「やはり、国を一つにまとめ上げるのは王である私が出るべきだと思うのだ。そうでなければ、誰が私を王と認めるだろう。この王都で腰を下ろしているだけが王ではない。民のために戦ってこそ、尊敬を集めることもできるのではないか?」
このハッセの発言に場がざわついた。臣下たちの多くも考えていない言葉だったようだ。
「陛下、次なる戦いは決して簡単なものではありません。必勝を期して臨まないとならないものです。どうか、ここは戦を長らく続けてきたこの摂政の身に任していただけませんか?」
「言いたいことはわかる。だがな、王として戦わねば、その……不安もないではないのだ」
ハッセはあきれたような顔をした。誰かに罪をなすりつけるような印象を受けた。
「私の周囲には、このまま義弟殿が活躍していくと、いずれ民の多くが義弟殿こそが王たるべきだと考えるのではと案ずる者もいるのだ。言うまでもなく、義弟殿は私を裏切ったことなど一度もないというのに」
何人かの者がうつむいた。まさか理由を王に口にされるとは思ってなかったんだろう。
「別に義弟殿にその気がなくても、民というのは戦の強い者を応援するからな。ならば、有終の美を私が飾れば、王家も安泰だ――そう考えているわけだ」
「なるほど。承知いたしました……」
どうも、面倒なことになってきたぞ。
「まあ、準備にはまだまだ時間もかかりますし、ゆっくりと決めていけばよろしいでしょう」
ひとまずそう言って、俺はその場で議論になるのを避けた。
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