111 妹との再会
戦争はブランド・ナーハムが捕虜となったことで、終結に向かった。ナーハム家のほかの親族たちも抵抗を諦めて、降伏を申し出てきた。
降伏した将たちの検分などの任務をこなしたあと、俺は夜に指揮官クラスの者が入っている居所の一つに顔を出した。
その中でもものものしく部屋を兵士たちが見張っている部屋に俺は向かう。
俺を見た兵士たちが最敬礼で出迎える。
「任務ご苦労。とくに変わりはないな?」
「はっ! 何も異常はございません!」
兵士たちの顔が強張っているのがわかった。もしも異変があれば首が飛ぶ立場の者たちだ。緊張するのも当然か。
あるいは俺の表情がそれだけ、ぞっとするようなものだったのか。少なくとも、笑ってはいない。かといって憤ってもいないはずだ。どちらかといえば、どんな顔をしていればいいのか迷っているというのが本音だった。
部屋に入ると、ラヴィアラとアルティアが話をしているところだった。
アルティアの子供である娘二人は部屋の隅で遊んでいた。
アルティアがすぐに俺の顔に目をやった。俺が来ることは予想はついていただろうけど、アルティアもどんな表情を浮かべるか迷っているようだった。
ゆっくりとアルティアは椅子から立ち上がり、それから丁寧に体を折り曲げるようにおじぎをした。
「摂政殿下……このたびは私と娘たちの命を助けてくださいまして、本当にありがとうございました」
作法としておかしなところはない。ナーハム家に嫁いだ以上、アルティアもナーハム家の人間として振る舞うのが筋なのだ。
ただ、あまりうれしいものではないというのが本音だな。
娘二人はじっと俺のほうを、どこか怯えるように見つめていた。その二人からしたら俺は父親を倒した仇なのだからそれもしょうがない。
ラヴィアラは言葉は発しなかったが、胸の前に手を置いて、祈るように見つめていた。
「アルティア、今は妹として俺に接してくれればいい。ここにいるのは、お前と俺と娘とラヴィアラだけだ」
「うん、そうだね」
アルティアは頭を上げた。表情はまだ変わらなかった。
俺はゆっくりとアルティアに近づいて、その肩に手を置く。以前のアルティアと比べ物にならないほど、しっかりとした芯のようなものを感じた。これが母となったことによる強さだろうか。
「俺のことを恨んでるか? いや、こういう言い方はズルいか。理由はなんであれ、お前の夫を打倒したのは俺だ。好きなだけ恨んでくれ」
こんなことは『百年内乱』のならいだ。子殺しも親殺しも珍しくないし、俺だって兄を手にかけた。
どこかの神官が、近親間の憎悪から領主が逃れられないのは、民を守るという義務を果たせないがゆえの業であると言っていたはずだ。
たしかに親族での殺し合いは領主間よりはマシだろう。だからといって、民として生まれたかったはわからない。そこにはそこでいくつもの苦しみがある。
アルティアが俺の顔を見上げる。
困っているといった様子だった。
「わからない。お兄様にどんな気持ちでいればいいのか、私もよくわからない。怒るのが先なのか、謝るのが先なのか」
奇妙な会話だったけれど、久しぶりにアルティアと会話ができることが場違いかもしれないけど、うれしかった。
怒るというのはナーハム家当主の妻としての立場で、謝るというのはナーハム家当主に嫁いだアルスロッド・ネイヴルの妹という立場だろう。後者の視点から見れば、アルティアは夫の反乱を止めることができなかったことになる。
でも、こんなのは明確な答えなどない。だからこそ、古来、数多くの悲劇を政略結婚は生んできた。正解があれば悩むことだってない。機械的に振る舞えばいいのだから。
「俺が発する命令は一つだけだ。絶対に自殺なんてしようとするな」
俺は兄としてアルティアを守る。その義務がある。
「娘を育てる義務がお前にはある。だから、生きろ。俺をいくら恨んでもいいから、それだけは守ってくれ。その娘二人も俺の姪だ。絶対に保護する」
「うん、わかった。ありがとう」
ぎゅっとアルティアは俺の腹のあたりの服をつかんだ。
「夫は、殺されるんだね……?」
できるだけ感情を表に出さないようにアルティアは言う。
「俺を殺そうとした者は生かすことはできない」
事務的に、そう俺は言った。
居城を落とされて領主が生き延びるだなんてことはありえない。あとはどのように死ぬかの区別ぐらいだ。
「磔はやめてあげてほしい。どうか、摂政の家臣の咎ということで、死を賜うという形に……」
磔であれば明確に罪人として処刑したことになる。自殺ならば、非は問うことになるが、罪人という扱いとは違う。
「その願いは聞き届けよう」
「夫が死ぬ前に会わせてくれる?」
「それも了承した」
アルティアはもともと考えていただろう自分の願いが聞き入れられて、ほっとしたようだったが、その目には代わりに涙がたまっていた。
そっとアルティアが俺の胸のほうに飛び込んできた。
そのまま胸でアルティアが泣くにまかせた。
難しいな、オダノブナガ。
――なんだ、お前のほうから話しかけてくるだなんてどういう風の吹き回しだ。
俺は覇王になるべくやるべきことをやってきた。今回だって何も間違ってるとは思ってない。
――当たり前だ。摂政に弓を引く奴、まして謀反を起こした者は絶対につぶさねばならん。放っておけば殺されるのはお前だからな。
けどさ、兄としては妹を幸せにできないわけで、全方位幸せっていうのは難しいな。
――ほかの誰かを不幸にする覚悟がなければ覇王など目指さんことだ。とはいえ、お前の気持ちはよくわかる。たばかりではないぞ。本当によくわかる。ワシもお市を泣かせたからな。
そうだよな。お前も乱世の申し子だもんな。
――空いた日の夜にでもじっくりと一人酒と行こう。ワシも参加してやる。浅井長政のドクロの盃を思い浮かべながらな。
あんた、全然懲りてないじゃないか……。
――妹を泣かせた罪はワシだけじゃなく、裏切った側にもあるのだ。そいつは許さん!
ああ、なんというか、少し気分が晴れた。
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