110 お前を許さない
「手間が省けたぞ、ブランド!」
剣をブランドに向ける。
鉄砲隊がブランドに狙いを定めようとするが、動きに間に合わず、数発が後ろにはずれていった。
「諦めろ。ブランドの盗賊は盗賊だ。飛び道具はまず当たらないと思え」
ブランドもその程度の自信がなければこちらまで向かってこないだろう。
「アルスロッド、お前ならどうせ自分から乗り込んでくると思っていたぞ! ここでお前を倒せば、再びこの国は長い戦場の時代に逆戻りする!」
ブランドの剣は大きく屈曲したものだった。名のある将なら嫌がるような邪道のものだ。もっとも、この時代に邪道も正道もないが。
その剣を俺も受ける。たいした剣ではない。ただ、特徴があるとすれば、一般の剣より少しばかり厚いことか。
「今の言葉ではっきりした。お前は全部を元に返したいんだな」
こんなわかりやすい抵抗勢力がいるとは思わなかった。
「それで、お前は世を戻して何をするつもりだ?」
俺も逆に斬りつける。
きしんだような音が響いた。しっかりとブランドも受け止めている。すぐに攻撃に移るが、その型は完全な我流だ。まさに職業が盗賊なだけはある。力だけを信奉してのしあがってきた者の剣だ。
「簡単なことだ。世が乱れに乱れれば、自分のような者の活躍機会は増える。それこそ、あんたのように摂政の地位にだってついて、あらゆる領主をあごで使うこともできるかもしれない!」
ブランドはにやりと笑って、舌を出して上唇を並べた。
この男も梟雄という言葉が似合う。荒れ地でだけ咲くまがまがしい花のような人間だ。
「だが――」
そこでブランドが目の色を変えて、果敢に斬りつけてくる。
「――お前のような男に世界を構築されなおされてしまえば、行き場がなくなる! 下げたくもない頭を下げるしかなくなる!」
「なんだ、それでは不満か」
やっと、本心が聞けたと思った。まあ、わかってはいたが。
「当たり前だ。この俺はお前のような男になるのだ! 先を越されてたまるか!」
そうだ。ブランドも天下を取る覇王になりたいのだ。
しかし、覇王の席は一つしかない。十も二十も覇王が並び立つことはありえない。
ならば、その覇王をどかすしか夢をかなえる方法はない。
――浅井長政よりもこの男のほうがいい瞳をしておるな。しがらみも何も知らないという生き方だ。ワシは好きだぞ。
お前が好きかはどうでもいいんだよ。
――だからといって、お前に盾突くなら叩きつぶすしかないがな。
そういうことだ!
実のところ、この戦い、負けるとは思っていなかった。
俺の後ろから何本も槍が突き出される。
三ジャーグ槍を持った部隊が城への進入路ができたことでどんどん入り込んできたのだ。
「悪いが、ブランド、俺はお前と一対一で戦う約束などはしていない。俺が先に城に入るのは、味方を鼓舞するためだ。
特殊能力【覇王の道標】は指揮する味方の信頼度と集中力が二倍になり、さらに攻撃力と防御力も三割増強される。
この兵を押し入れることができれば、俺の勝ちになる。
やむなく一度、ブランドは引いた。
槍衾を突破するには個人の力量だけでは無理だ。
とはいえ、またすぐに俺の首を取りに来る。それしかブランドに勝ち目はないからだ。 でも、ここでブランドを殺すわけにはいかない。
盗賊のブランドはすぐに俺の側面に回り込もうとする。俺がこの城に入り込んだように。そういう敵をかき乱す能力は盗賊は圧倒的に高い。そして、槍部隊は乱戦では特定の一人のために動きを変えるのに時間がかかる。
俺も前に出る。
「くそっ! アルスロッド、覚悟っ!」
強い殺気を感じる。俺がアルティアの兄だなんてことはもう一切考慮していない。その意気やあっぱれだと思う。
同時に腹が立った。
俺は剣でブランドの剣を押さえて、大きく肉薄する。
そして、拳で顔を殴りつけた。
「このバカ野郎がっ!」
ふらっと、ブランドの体がそれでよろめく。脳が揺れているんだろう。だが、こんなところで倒れられたら困る。俺はブランドの薄手の服――動きを重視してとにかく軽装だ。槍すら防げないだろう――の胸ぐらを突かんで再び引っ張り上げる。
さらにまた殴る。
「お前はどうしてアルティアがいるのに裏切った? お前の事情なんて知るか! アルティアの将来を台無しにしやがって!」
「それは申し訳ないと……思ってい……」
言い終わる前にブランドの髪を引っ張って、地面に叩きつけた。
これで、この戦いは終わったようなものだ。
少なくとも戦争という意味では。
ちょうど俺に駆け寄ろうとする兵たちが足を止めた。それ以上やると、殺してしまうと言おうとしたのだろう。俺もそれがわきまえている。まだ死んでもらっては殴った意味がない。
「いいか、ブランド、全軍にお前の命で降伏するように伝えろ。それと、アルティアと娘たちは保護するからこちらに引き渡せ。お前らの処遇はそのあとで決める」
「わかりました……」
ブランドは血のたまった口で、了承の意を示した。歯も何本か折れているだろうが、まだ命があるだけマシだろう。
この場でお前を殺さないのは、アルティアの無事を確かなものにしたいからだ。捕虜にする理由はそれだけだ。温情ではないからな。
「俺はお前を認めていたから、アルティアを妻にやったんだ。仮に俺を殺して成り上がれるほどに強くなったのなら、まだ墓の中で笑って許してやれただろうよ。でも、お前は勝ちの目の薄い賭けに出て負けた」
勝てなければ覇王でも何でもない。ただの負け犬だ。後世の歴史書はお前の実力などまったく評価せずにお前が敗れたことだけを強調するだろう。
覇王というのは先見の明もなければ話にならない。
奇跡を信じて死地を探すような真似をしたことを俺は死ぬまで許さない。
「お前は覇王になるには実力不足だったんだよ、ブランド」
活動報告に7月15日発売の1巻の表紙をアップしています! よろしければご覧ください!




