106 義弟との戦い
主戦場のほうでは小シヴィークやケララの部隊が中心を固め、側面からはノエン・ラウッドとマイセル・ウージュが遊撃隊として攻撃を仕掛けるという態勢をとっていた。
俺とラヴィアラたちが戻るところにラッパの者が状況を伝えに来た。見た目はただの猟犬か何かに見える。ワーウルフのラッパたちは本当に機転が利く。
「現状、戦局は一進一退、いえ、まだ本格的な争いにはなっていないかと」
「やはりな。全力で叩きつぶすような手は取れないと思ってた」
俺はほくそ笑む。このまま行けそうだ。
「小シヴィークやケララたちにすぐに戻ると伝えておいてくれ。今から一気にネイヴル城を攻略する!」
「御意」
ラッパのワーウルフはさっと散っていくように、俺の馬から離れていった。
「アルスロッド様、どうして長引くとお考えだったんですか? 敵はネイヴル城を押さえているし、気もはやっていると思ったんですけど」
「ラヴィアラ、ネイヴル城が攻め込まれたことはあるか?」
「少なくとも、ラヴィアラやアルスロッド様が生まれてからは、今回が初めてです」
つまり、ネイヴル城に籠もっている状態で攻められたことは一度もない。
「あのな、ネイヴル城は守るには一郡半の領主の城としては強固だ。少人数の敵を追い払うぐらいのことは、なんとでもなる。けど、小領主が籠城する時はつまり守り抜くことしか考えてない時だろ」
「そうですね。滅亡を回避するためにお城に籠もりますよね」
なら、もう答えは出た。
「ネイヴル城に中心となる部隊を置いちゃったら、圧倒的に攻めづらいんだよ。俺たちの部隊も離れた丘にいるから、先に攻めたほうが、最初は大きな被害を出しやすい」
「あっ、そうか! 攻撃用の陣地としてはネイヴル城は中途半端なんですね!」
ラヴィアラの頭にはネイヴル郡の地形が今、思い浮かべられているだろう。
「そういうことだ。エイルズとブランドはネイヴル城を奪えば自分たちが有利だと見せ付けられると思って、あそこをとっただろう。けど、そこを拠点にして、まずいと感じたはずだ。これじゃ攻められないってな」
小領主の目的は天下を取ることじゃなくて、自分の土地を守り抜くことだ。
防御には向いていても、攻めにはまったく不向きだ。俺がマウストに拠点を移した理由の一つもそれだ。
――なるほどな。自分の故郷を犠牲にしたわけか。よく考えつくわい。しかし、たしかにずっと尾張で閉じこもってはおれんかったしな。お前の考えはわからんでもないぞ。
オダノブナガ、犠牲は表現が悪いな。あくまでも俺は奪われた故郷を奪回しにいくんだからな。
――どうやら、エイルズ・カルティスという男についた小領主の中には、日和見主義の者もずいぶんおるようだな。そのせいで、思い切った攻撃もできなかったと見える。そして別働隊になったお前の首をはねることができんかと森に攻め寄せた。
そういうことだな。
俺が到着すれば風向きは変わる。
けど、ちょうど戻った時には、敵軍がかなり攻撃を仕掛けていた。
「ブランド・ナーハムの軍だ!」「くそ! オルビア県の田舎者が!」
そんな声が味方のほうから聞こえていた。
なるほどな。このままではまずいと思って、ブランドが果敢に攻め寄せてきたか。あいつも若い野心家だからな。戦わないといけない時はわかっている。
小シヴィークはそつなく指示は出しているが、敵の猛攻で少し押されそうにはなっている。こういうのは堅実なだけではなかなか難しいところもある。
味方を酩酊状態にするというか、波に乗らせないといけない。
だんだんと俺の到着を理解した兵の目の色が変わる。【覇王の道標】の効果で、兵の実力が一段階変わるのだ。
「小シヴィーク、待たせたな」
「あっ、摂政閣下! お疲れ様でございます!」
防戦していた小シヴィークはほっと嘆息していた。その奥ではケララの姿も見える。
「ここからは、こちらの番だ。ネイヴル城に向けて攻め込むぞ!」
「城を落とされるのですか?」
「あんな小さな城に全軍を籠城させるバカはおらんだろ。城の周囲を攻められた時点で敵は退却する」
まずはブランドを追い返さないとな。
もしかすると、あいつとまみえられるかもしれない。
「お前たち、王国の摂政は無事に謀反人を討ち取って戻ってきたぞ! 次はブランドを南の山の中で追い返す! 俺の手伝いをしてくれる者は声を上げろ!」
「「うおおおおっ!」」
野太い声が響いた。
――特殊能力【覇王の風格】発動。覇王として多くの者に認識された場合に効果を得る。すべての能力が通常時の三倍に。さらに、目撃した者は畏敬の念か恐怖の念のどちらかを抱く。
よし、問題ない。義弟に実力の差を見せ付けてやる。
俺の指揮を得た軍は攻勢をかけていたブランド軍に突っ込んでいった。
それでブランド軍の勢いが止まる。そうなれば、周囲の軍勢はこちらのほうが多い。簡単に追い返すことができる。
「お前たち、退くな! ここで摂政を騙る反逆者を倒さないと、サーウィル王国はアルスロッドの者になるぞっ!」
ブランドが騎乗で雄々しく叫んでいた。職業が盗賊にしては正面から攻めすぎたな。
「義弟、ずいぶんな物言いじゃないか!」
俺はブランドの前に出ていく。
「ア、アルスロッド……」
初めて会った時よりは老けてきているようにも思えたが、まだブランドは若々しい目をしていた。むしろ、俺が職業の効果で老化が遅いからおかしいのか。
「俺は裏切り者のために妹を送ったわけではないぞ、ブランド」
「裏切ろうとしているのはお前だ! このブランド・ナーハム、決してお前の家臣になると言った覚えは一度もない!」
――やはり浅井の時と同じだ。
オダノブナガは少しばかり寂しそうに言った。
――その気持ちはわからんでもない。だが、ワシの家臣となることを受け入れた者しか生きてはいけんのだ。覇王と並び立つ者がいては、覇王たりえんからな。
「お前は俺の家臣ではなく、王の家臣だ。勘違いするな」
「ほざけ! お前の目論見ぐらいすぐに見抜ける!」
盗賊という職業の力か。さっと、ブランドが駆け抜けて接近してくる。手に持っているのは短剣だ。刺し殺そうという腹か。
でもな、お前とは格が違う。
お前は英雄になれるほどの格ではない。せいぜいが一県を支配するのが限界だ。
剣を振って、ブランドの短剣を弾き飛ばした。




