104 アウェイユの森
エイルズ・カルティスのの先鋒はモータイという重臣の男だった。
長らく、エイルズとともにミネリア領と呼ばれたブランタール県とその外側で活躍し続けた人間だ。つまり、向こうもこの戦い、絶対に勝たねばならないとわかっているわけだ。
こちらは部隊の三分の一ほどをラヴィアラの故郷とでも言えるアウェイユの森に配置した。大将である摂政の俺もそちらにいると情報は流している。
ついでに尾ひれもつけておいた。
いわく――
ネイヴル城を奪われた摂政アルスロッド・ネイヴルは乳母子のラヴィアラの故地である森の前に布陣して、ここで功臣のエルフたちとともに自害するつもりである。
なにせ、アルスロッドは若い頃、一族の中でも相手にされていなかったせいで信頼がおけるのは乳母子方のエルフたちばかりなのだ。いよいよ、あの男も覚悟を決めたのだろう。
すでにアルスロッド側では裏切り者も出ていて、全軍でカルティスとブランドの兵にまでぶつかる余裕がなくなっている。そこで一万四千の兵から二千を割いて、森に向かったのだ。
――そんなところだ。
もちろんウソもウソだ。俺はこんなところで死ぬつもりなどないし、味方の士気も低くない。だいたい、一万四千ではなく、敵とほぼ同数の二万の兵力もある。
大事なのはこちらが勝てそうにないと思ったうえでの行動だと認識してもらうことだ。
――摂政のほうから、こんな小細工をきかせるというのはお前らしいな。
オダノブナガは少し意外そうらしい。
――ワシは用意できる以上は相手を圧倒できるだけの数を用意して、ずっと戦ってきたからな。寡兵が勝つこともあるが、割合からすれば、当然兵力が多いほうが有利だ。自分からわざわざ賭けに出る意味などない。
そりゃ、俺も五万の兵を使えれば別だけど、あいにく、そうでもないんでな。だいたい、向こうも俺が五万の兵を動かせる時にはいい子にしてるだろうさ。
そして、ほぼ同数の兵をぶつければ、死傷者も増える。
どうせなら、少ない犠牲で華麗に勝ちたいところだ。まだ、俺がやらないといけない覇業は続いているから、俺が強いという「神話」を作れるなら作ったほうがいい。
――わかった、わかった。好きなだけやれ。どうせ【覇王の道標】でお前の軍団は相手を圧倒できると思うがな。
それでもリスクはあるからな。森のほうがより安全だ。
俺が森の前で陣取っている間に、ラヴィアラとその一族たちは森でいろいろと画策していた。
アウェイユの森はまさしくラヴィアラのふるさとだ。一応、姓というとアウェイユということになる。もう、俺も長らくラヴィアラとしか呼ばないから、普段は忘れそうになっているけど。
やがて、ラヴィアラが楽しそうに戻ってきた。
「準備ができました! 徹底的にやりましたよ!」
「よし、さすがラヴィアラだ。本番もよろしく頼むぞ」
ここ最近で一番、ラヴィアラは楽しそうだ。
「はい! やっぱりこうやって森を駆けるほうがラヴィアラには合ってるんだなと思いました。王都もマウスト城もラヴィアラにはやっぱり気詰まりなんです。こうやって森で働いていると、木々が語りかけてくるんですよ」
「なんだ、戦場になるところでポエムでも詠むのか?」
「ポエムじゃありません。エルフにとっては木々が語りかけてくるのは本当なんです。草花も風も、全部語りかけてくるんです。その声に従えば、負けることなどありませんから」
「そこはラヴィアラを信じることにするよ。なにせ、俺の姉も同然の人間の言葉なんだからな」
俺より少し早く生まれたラヴィアラの背中を見て、俺は育ってきた。
そのラヴィアラを側室にしているわけだから、因果なものだとは思うが、おかげで今もずっと一緒にいられている。
「ラヴィアラもアルスロッド様を信じてずっとやってきましたから。今回もよろしくやりますよ。存分に暴れてやります!」
後ろでほかのエルフや射手の面々もやるぞという生気に満ちた顔になっていた。
さてと、あとは敵が来るのを待つだけだな。
エイルズ・カルティス側のモータイの軍は五千でこちらに対するようだ。これだけあれば一気に打倒できると踏んだわけだろう。
こちらは形式的に、セラフィーナを仲介にして和睦できないかという打診を敵の陣に行った。
要請はあっさり却下された。いくらカルティス家の娘を通してもダメだということだ。
受諾されても俺のほうも守る気などなかったが。こっちが弱腰になっていると見せるためのポーズでしかない。
それにセラフィーナはカルティス家の娘だろうと、俺の妻だ。もう、カルティス家をつぶす決心もついている。
これで敵は俺を殺そうと全力で向かってくるだろう。森にでも逃げ込まれると厄介と考えるだろうし、とっとと捕らえるぐらいのことはしたいはずだ。
昼前、モータイの兵が突撃を開始した。
手筈どおり、俺は兵をゆっくりと下がらせていく。あくまでも敵に押されているように見せかけながらだ。
敵側の「押せ、押せ!」「どうせ狭い森だ! 入られても怖くなどない!」といった声が聞こえてくる。狭い森か。たしかに森林がどこまでも広がっているなんて代物ではないな。
でも、そうでないと困る。あまり森が深すぎても警戒されてしまうし。罠というのは見え見えでは意味がない。
エイルズ・カルティスの部将ならこう考えるはずだ。
仮に森に逃げたとしても罠を張れるだけの十分な時間もないし、どうということはないだろう、強引に押しても問題なくこちらで叩きつぶせるはずだ、と。
さあ、攻め込んでくれ。
「皆さん、森へ!」
ラヴィアラが軍を先導して、森へ引き入れる。俺もそれに続いていく。
敵もこれを追って、森に足を踏み入れてくる。
「もう、火をつけるか?」「馬鹿野郎! 先行している味方が戻れなくなるぞ!」
そんな声も聞こえてくる。そうそう。一緒に中に来てしまえば、森ごと焼き討ちなんてこともできないだろう。
そして、敵軍が十分に森の中にきたあたりで、逆襲がはじまる。
どこからともなく飛んできた弓矢で敵がばたばたと倒れだした。




