101 故地に誘い込む
翌日、俺は諸将を集めて、ブランタール県のエイルズ・カルティスとオルビア県のブランド・ナーハムが反乱の兵を挙げたことを告げた。
驚きの声はほとんど上がらなかった。
そのうち、こうなることをみんなわかっていたということだ。
「詳しい状況と、裏切った者の数はわからないが、領主の数だけはそれなりにいるかもしれんな。俺に牛耳られることを楽しく思わない奴が多かったということだ」
予想はついていたとはいえ、非常事態ではある。みんな、神妙な顔をしている。下手を打てば、こちらの存亡に関わることだからだ。
「アルスロッド様、それでどういった作戦をとられるつもりですか?」
ラヴィアラが尋ねてくる。
「ちょっと待ってくれ、考える」
考えるというより、相談だ。オダノブナガ、案があれば聞かせてくれ。
――そうだな。エイルズ・カルティスはミネリア郡からネイヴル郡に入るだろう。連中はとしてはお前の故地を支配することで、自分たちが優勢だと喧伝したいはずだ。そのうえで、マウスト城を狙う。ここを落とせばお前は帰るところがなくなるからな。
まあ、それはそうだろうな。こっちが負けてるというような印象を与える、義父のエイルズならそうするだろう。
――ただ、幸い、我が方の軍勢は精強だ。遠征自体も成功している。撤退というよりは転戦だと多くの者が思えるだろう。つまり、途中で邪魔が入らなければ、敵の本拠に侵入できるだけの力はあるし、防衛に当たれるだけの兵もお前は用意していた。
ああ、そのために留守居役も信頼できる奴にやらせているからな。
もとより、こちらは守るのではなく、攻めるつもりだが、問題はどこを攻めるかだ。
しっかりおびき出してやるか。
俺は諸将に向けて顔を上げた。
「みんな、聞いてくれ」
全員が固唾を飲んで俺のほうを向いている。
「これは別に降って湧いたような話ではない。むしろ、この機会を待っていたと言ってもいい。義弟のブランド・ナーハムの一派、なにより義父のエイルズ・カルティスは俺に不満を抱いていた。なので、準備は万端整っている。問題とするは、どこで叩くかだけの違いだ」
これは枕詞だ。大切なのはここから先だな。
「一刻も早くマウスト城に帰還いたしましょう! あそこを乗っ取られては国中が閣下が滅んだと誤解いたします!」
将の一人が叫んだ。たしかに本拠に戻るというのは定石ではある。しかし、幸いというべきか、今回は無理に定石に従う必要もない。
「マウスト城については何も心配はしていない。あそこはシヴィークが守っているからな。あの老いぼれも足は弱くなっているが、指揮だけならまったくもうろくしていない」
もしかすると、今頃自分の出番とばかりにはりきっているかもしれない。まして、マウスと城の周辺でも裏切る者が出たらしいし、いよいよ楽しんでいるんじゃないか。勝つとわかっている戦には燃えない男だからな。
「ニストニア家からも側室を娶って、防衛態勢は強化している。王都のほうも守備兵が十分にいるから、すぐにはどうということもない。よって――我々は義父を攻めることができる」
「アルスロッド様、敵とはどこで戦うつもりなんですか? 本拠であるミネリア郡にまで入るんですか?」
ラヴィアラも当然それが気になるよな。
俺は笑いながら、こう言った。
「フォードネリア県ネイヴル郡、俺が生まれ育った土地だ」
みんなの顔を見るに、かなり意外な提案だったらしい。
すぐにそれなら敵の本拠を目指すべきではとか、マウスト城に戻ったほうが安全ではないかといった声が出た。
「敵の本拠は間違いなく堅固だろう。一方、ネイヴル郡なら俺が勝手知ったる場所だ。そして、守りに向かないこともよく知っている」
俺は確信を持って言った。
「ネイヴル城は要害でもなんでもない。あんなところに入ってしまった敵は俺たちの軍勢を止められない。あそこを奪取してくれたなら願ったりかなったりだ」
「えっ……。でも、お城が荒らされてしまうんじゃ……」
「ラヴィアラ、俺の故郷はあそこでもあるけど、マウスト城でもあるし、王都でもある。仮に焼け落ちてもいくらでも復興してやるさ」
この戦い、新しいものと古いものとのぶつかり合いだ。
ここで古いものに押し戻されてしまうようなら、俺もそれまでということだ。
「おそらく、ネイヴル郡に入るまでに妨害もあるだろうが、そういう連中は徹底して叩きつぶせ。中途半端に勝ち馬に乗ろうとする連中になんて価値はない!」
俺の言葉にようやく部隊の意気が上がってくる。そんな中に俺の真ん前に出てくる奴があった。周囲の者が止めるが聞かずにそのまま出てくる。
マチャール辺境伯サイトレッドの妹、タルシャだ。
「その戦、我も参加したいのだが。敵側につくつもりはないから安心してもらいたい」
「ああ、かまわんぞ。それで、勝ったら何を望む?」
まさか、望みもなしにそんなことを言い出すほどけなげでもないだろう。そんな純情な人間でないということは顔を見ればわかる。
「父親に代わってマチャール辺境伯に我がつく。それこそ、我が家を保つ最善の策だ」
俺の職業が「やっぱりシンゲンだな。親父を追い出さねば筋が通らん」と笑っていた。俺もこの女の意気を見て同じように笑いたくなった。
将というのはこうでなければ面白くない。
「わかった。信頼できる兵を貸してやる。活躍、期待しているぞ」
「無論だ」
「さて、ただ、戦の前にタルシャには大事な仕事がある。マチャール辺境伯が確実に撤兵したか、確認してくれ」
まだ南で何が起きたか把握してないと思うし、被害が甚大だから追手も出せないと、そこが確認できないと、進軍できない。
タルシャは首を縦に振った。
「問題ない。仮に無謀にも攻めてきても、殿軍を一千も出せばそれで倒せる程度には弱っている」




