100 構想を持つ者
俺は剣を思い切り横に薙いだ。
それで、タルシャの剣が弧を描いて飛んでいった。
勝負はあった。誰もがそう思っただろう。
しかし、それでもタルシャの目はまだ死んでいない。この目をしている人間には絶対に油断してはならない。
すぐにせいぜい半ジャーグ程度しかないような短い剣を抜いた。
「アルスロッドよ、お前はなんとしても倒す! そうすれば我が一族は今よりはるかに雄飛する!」
「雄飛? 抜かしてくれるじゃないか。悪いけど、お前たちの領地は天下を取るには遠く離れすぎている。そんなところからじゃ何もできん」
「天下を取ることはできなくとも、三県や四県を支配することはできる。我の構想は数県を支配する大領主たちによる連邦国家だ!」
そう叫んでタルシャはこちらに短剣で斬りつけてきた。
短剣とは思えないほどの威力と衝撃を感じた。
ただ、それ以上の衝撃は――
俺以外に構想を抱いて語れる奴がこの国にいたんだな、という部分だった。
それが現実的に可能なのかはわからないが、少なくとも地方の大領主にとったら一番うまみがあるのは、そういう大領主同士の分割支配だろう。実際、小さな領主はいくらでも飲み込んでいけるだろうが、それもどこかで限界を迎える。
俺はその大領主たちを力でねじ伏せて統一を成し遂げるつもりだが、その手前で止めてしまえばいいと思う者がいたとしても不思議はない。
「アルスロッド! お前の力はたしかに強大だが、所詮お前一代で築き上げたもの! お前が死ねばまた世は乱れる! ならばつけ入る隙ぐらい、いくらでもできるっ!」
その言葉は決してつまらない幻想ではない、そう俺が一番よく知っていた。
だから、この女は全力で俺を殺しに来ているわけだ。
別に自分の領地を守るためだとか、そんなわかりやすい目的のためじゃない。
頭の中では、オダノブナガが絶対に手を抜くな、こいつは目的のためなら親も追い出すし、子も殺す奴だと叫んでいた。わかる。目的のためにほかを捨てられる奴は強い。
俺も全力で剣を振るう。
「気に入ったぞ、タルシャ!」
「ほざけ! 今から我が殺してやる!」
「お前は俺の下につけ! お前の真価はこの先の人生にある!」
無論、タルシャは「舐めるな!」と短剣を俺に突きつけてくる。
けど、その剣の威力が落ちたのを俺は感じた。
こいつの目的を俺は包みこんでしまえる、そう、直感的にわかったのだろう。
だから、その剣を突きだした手をさっとひねり上げた。
「くっ、あっ……」
剣が地面に落ちる。これで完全に無力化した。
「武器も持たない女は斬れんからな。捕虜になってもらうぞ」
「勝手にしろ。ただし、無礼な振る舞いがあれば、すぐに舌を噛み切ってやる……」
それぐらいに憎まれ口を叩いてもらえるほうが俺としても張り合いがある。
そこから先は一方的だった。
敵の側の士気が確実に落ちている。
「姫様が捕えられた!」「ここは退けっ!」
そんな悲鳴に似た声が聞こえる。やはりな。シンゲンという職業は味方の結束を大幅に高める効果でもあるんだろう。マチャール辺境伯の強さは辺境伯本人ではなく、優秀な武将を抱えていたことにあったようだ。
勝負は鉄砲を使ったこちらの大勝で終わった。マチャール辺境伯サイトレッドは一度、軍隊を自分の居城まで後退させるよりなくなった。このままでは全滅すると踏んだのだろう。正しい判断だ。
ラヴィアラは「すぐに追いかけて滅ぼしましょう!」と進言してきたが、俺はそれは断った。
「その必要はない。今回はここで砦でも築いて守っていればいい。少なくとも、もう挽回は無理だ」
「ですが、まだラヴィアラたちは敵には勝ちましたけど領地は奪っていませんよ?」
「今回の敵の主だった死傷者のリストだ。これを見てくれればわかる」
ラヴィアラがその数に驚愕しているのがすぐにわかった。
「指揮官クラスがこんなに死んでるだなんて……」
「鉄砲で片っ端から撃ち果たした。まさか、家がことごとく断絶だなんてことはなくて、子なり弟なりが家を継ぐだろうが、だからといってまともにそいつらが機能するには気の遠くなる時間がかかる、むろん、歴史はそんなに待ってはくれんさ」
とりあえず、マチャール辺境伯についているだけの小領主は、ここにいてはもたないと見限って、こちらに走ってくるだろう。
「しかも、こっちには『人質』がいる」
すでにタルシャとは口約束ではあるが、こちらから有益な条件を提示していた。
「お前が俺の将として働いてくれるなら、マチャール辺境伯爵家は存続させる。お前の構想とはずれるだろうが、俺の下で数県の大領主として残れる可能性も与えてやる」
勝ち戦の宴会を抜け出して、俺は捕虜となっているタルシャのところに行った。
「悔しくはあるが、それしか手はないようだな……。まさか、お前の下につくことになるとは……」
タルシャはまだ忌々しい表情をしていたが、そこで吹っ切るような深い溜息をついた。
「委細承知した。将として遇するというのであれば、早くそちらの将に周知してくれ」
切り替えが早いな。この女もまだ戦いたいという気持ちはあるんだろう。
こうして、ひとまず遠征は成功に終わったが、本番はむしろこれからだった。
宴の翌日、早馬が俺のところにやってきた。
伝令には事前に青いたすきをかけさせていたので、すぐにわかった。その色を見ただけで何が起きたか知れるようにするためだ。
「ミネリアの領主、ブランタール県のエイルズ・カルティスとオルビア県のブランド・ナーハムが相次いで挙兵いたしました!」
義父と義弟が勝負を挑んできたというわけだ。
「それと……財務官僚のファンネリアまでが同調したようで……マウスト城付近の領主の中にも通じていたものが……」
ファンネリアはワーウルフでもともと商人から取り立てた男だ。
俺はそこで舌打ちした。エイルズかブランドか、それともファンネリアの側か、どこが最初に仕掛けたかわからないが、徹底してつぶすつもりか。
「すべて叩き潰してやる。そのためにこんな遠方までわざわざ出てきてやったんだからな」
皆様のおかげで100話まで続けることができました! ありがとうございます! 次回以降もよろしくお願いいたします!




