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オマールが解放軍に参加して早三ヶ月が経とうとしている時だった。
とうとう王都の貴族と連携をとるとの報告が、全軍に駆け巡る。
多くの者は王都と繋がりが合ったことに驚き、しかし一気に湧き上がる。オマール達幹部はそれよりも幾分冷静だったが、半信半疑だったこともあって喜びは隠せない。
人数を更に増やした解放軍の次なる目標は王都だ。奴隷賛成派の王侯貴族の横暴を、反対派の貴族達と共に曝け出し裁く。
しかし王都に行くにあたり、皆の心配の目線は青年貴族に向けられる。
一部を除いた、ここにいる全ての主がもし、万が一にでも奴隷に落とされたら。それに加えて、まだ青年貴族を信頼しきっていない人間もいる。土壇場で裏切る可能性もあるのではないかと最近まことしやかに噂され始めているのを、オマールは耳にしている。
これだけの奴隷の主になれば、欲がでてくるのではないか、と。
(人間を見る目がない連中だ)
オマールはそういう噂を流す仲間を軽蔑さえしていた。青年貴族はあまり表に出ることは少ないが、時折見かけるその姿は信じるに値すべき人間だとわかる。
(腐った人間など幾らでも見てきたならわかるはずだ。スース殿がそれとは対にいる存在だと)
しかし、これはあくまでオマールの感覚だということも理解している。不安に思う心に寄り添えるものではないから、放置している。それに今のところ、全体には影響を及ぼしていないと踏んだからだ。つまり大多数の人間はオマールのように感覚的に青年貴族が信じられる人間だと気づいているということだ。
「五日後の明朝、あたし達はここを発ち、王都に向かう!民の維持を腐った連中に見せつけようじゃないか!!」
歓声に沸く中で、オマールは幹部側に並びながらも視線を横にずらした。
参謀、青年貴族、参謀補佐はオマールと同じ幹部側に並んでいる。だが初期メンバーはそのリーダーを含めて四人のみ。
クロエやロイクは仲間達に混ざっていた。
(中核メンバー九人全員が役職持ちにならなかったのは、一般の仲間との乖離を防ぐためか)
精鋭、治療、攪乱、主力に一人にそれぞれ初期メンバーが配置され、更に非戦闘員に一人混ざっている。最近、主力部隊に参加していた少年が別の任務で抜けたらしいが。
幹部は全員が、オマールのように途中参加の人間で構成されている。
(九人それぞれが己の役割を持ち、解放軍を一つにまとめているようだ)
組織はリーダーだけでは引っ張っていけない。技術面でも人心面でも補佐を必要とする。それを残りの八人は成し遂げたと言うことだ。
全員が、同じ方向を向いているからこそ、同じ希望の光を見ているからこそできること。
(クロエ殿が崇拝している、主の存在は大きい)
恐らくその人物が団結を強めている。そして恐らく、その人は王都にいるのだろう。
これはオマールがあまり好みとしていない、風の噂によると、主力部隊にいた少年が抜けたのは、王都にいる主の下に馳せ参じたためだとか言われている。そしてそれに残りの面子の多くが歯噛みしているとか。
(それだけ彼らを惹きつけてやまない主に会える日は近いだろうか)
オマールは王都の方角に、期待の眼差しを向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい聞いたか?王都の協力者の貴族って、あのバスティードもいるらしいぞ?」
「マジかよ、悪女の家だよな」
「そうそう。だけど兄の方はまともらしくってな。バスティード当主としても妹の愚行を正すために動くとか」
「へーえ、でもその人確か、第二王子の腹心じゃなかったっけ?」
「ああ。第二王子と言えば人格者として知られている。王太子ともこの国難を乗り切ろうと手を取り合ったらしいしな」
「王太子と第二王子って、母親が違うのにすっごい仲が良いので有名よね」
「ばーか、あれは仲が良いんじゃなくて、ウマが合うの!」
「それも違う気がするなぁ。どうしようもない父王のようには絶対にならないって、固く誓ってる感じに見えるけど」
「どっちにしろ、こんな馬鹿げた体制を変えてくれるなら誰だっていいさ」
「あ、本音だ」
「国王の名前よりも、どうやって国を治めるかの方が大事だからね。どちらも民のことを考えてくれるなら構わない」
その日の夕食時の会話は、王都の協力者で持ちきりだった。今まで奴隷に落とし使役する憎き仇の象徴だった王侯貴族だったが、解放軍の味方に付くようだというだけでこうもあっさり許せるものだろうか。
オマールは淡々と食事を進めながらも内心で「頭の軽い連中め」と罵っている自分を否定できない。
オマールとて、貴族…特に王族が味方についてくれるなら万々歳だ。
理由はただ一つ、王族は絶対に奴隷に落ちない。
先王がそう決めたのだ。それだけは絶対に覆さないと、強固で異常ともとれるほど厳重にそうした。
つまり、『誓約』による悪用の心配がない王族が主になれば、オマール達は惨めな奴隷生活とは無縁になる。逆に王都に行けば青年貴族が奴隷に落とされる可能性が高い。第三王女と第四王子、それに国王は完全に黒だが、他の王子と王女についてはまだ未知数だ。
(確か王子は九人、王女は五人だったか)
先王による奴隷改定で、王家の血を無暗に外に出さないようにしているはずなので、ひょっこりその辺の平民が王族だったという事態にはならないはずだ。
尚、エントーヴァンで王族と定義されるのは王の直系のみであり、現在の国王は諸事情により兄弟がいない。一人も、だ。
何があったかは民も察している。臆病な先王による政策で、王族は貴族の反感を買った。まだ幼い王子王女はそれに巻き込まれ、現在の国王しか残らなかった。それに尽きる。
何にせよ、王族は全部で十六人だ。内三人は完全な黒、二人は白と見なしていいはず…。
(会ったこともない人間を信じるのは難しいが)
それでも初期の面々が自信を持って味方だと言うのなら、彼らを信じてついて行くと決めたオマールは従うだけだ。そしてできれば、早々に不安要素を取り除くべく、王族を主と定めたい。
そうすれば一安心できるだろう、それまでが勝負だ。何があっても、あの青年貴族だけは守り抜かねばならない。
(王都入りではスース殿が要になる)
相手も青年貴族を狙ってくるだろう。彼一人抑えれば解放軍は無力化する。だから何としてでも守り抜かなければならない。
いつの間にか力が入っていた拳を見て、オマールは苦笑しながら力を抜く。いつになく緊張しているのは、それだけ失敗したくないからだ。
(失えないものがある。例えこの命を落としたとしても)
人としての幸せを与えてくれた、いや、きっと相手はそんなことさえ考えてない。それでも、オマールにとっては掛け替えのない存在に大きく成長した、一人の女性を思い描く。
彼女を絶望の底に叩き落す何者からも、オマールは全力を持って守り切ると誓っていた。
ズボンのポケットの固い感触を指で確かめる。
(王都に入れば、多くのことに決着がつくだろう。どんな形にしろ、解放軍は大きなうねりに飲み込まれ、形を変える)
その先に誰が立っているのかはわからない。だが少なくとも、彼女はそこにいて欲しいと思う。
(クロエ殿)
息を大きく吸って、吐き出す。
夕食を食べ終えたオマールは、あの宣言の後に彼女に声をかけていた。
今宵、どうか時間が欲しいと。
それに彼女はハッとし、そして真剣な表情で頷いた。オマールの意図をくみ取ってくれたのだと、そう思っている。
(…あなたは、俺が守る)
絶対に、死なせない。




