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オマールが感慨に耽っていると、ふと思い出したかのようにクロエはその顔を覗き込む。
「ところでオマールさんにとっての希望は何ですか?」
「……そうだな」
「?」
当然、オウム返しの質問が来るだろうと予期していた。なのに、どうしてもオマールの口は動いてくれない。
希望は、今目の前にいるあなただ。
そう言えれば苦労しないオマールの口は、上手く動いてくれない。
「その、だな」
「はい」
「……………………」
「はい、そこまで」
新たな声が二人の空間に割って入る。寝ている子等を起こさない程度に抑えられた、しかしはっきりとした声だ。
二人はそちらに顔をやれば、仁王立ちする少年が立っている。どこか不機嫌なのは、己の場所をとられているせいだろうか。
「ロイク、もう用は済んだの?」
「うん、武器庫の最終確認だったからね。それよりも姉ちゃん、オレの場所とっておいてくれなかったの?」
「だって、こんなに早く帰ってくるとは思わなかったから」
「いつ帰ってきても良いように開けておいてくれたっていいじゃないか」
「すねないの」
むくれた少年は、既に大人の領域に差し掛かっている。オマールと一つしか違わないはずだが、姉の前だからか幾分態度が幼い。
穏やかな表情で姉弟のやりとりを見守っていたオマールを、少年は目敏く見つけて睨む。
「大体どうしてオマールがいるんだよ」
「偶然見かけただけだ」
「ちゃっかりしてるやつだな。そう言っておいて、本当は姉ちゃん探してたんじゃないのか」
「だったらどうする」
「どけよ、即刻どいて、どっか行けよ」
「ロイク?」
「だって…こいつ、オレの場所に座ってるんだよ?」
「だったらあなたは、オマールさんの横に座りなさいな」
「えぇ…そりゃないよ」
「俺は問題ないぞ」
「オマールには聞いてないだろ!」
だが、姉に弱い少年は憮然とした顔でオマールの隣に、乱暴に座る。近くに寝ている子がいないのも大きな原因だろう。
それをオマールとクロエは苦笑しながら見ていて、その視線に気づいた少年がちょっと罰が悪そうに「何?」と聞いてくる。勿論、二人は首を振って笑うだけだ。
「武器庫の最終確認と言ったな。今回はお前が当番だったのか」
「いいや。でも今日だけ当番変わってくれって頼まれてたのをすっかり忘れてただけ」
「ふむ?何かあったのか」
「街に繰り出すんだってさ」
「明日でも良いだろう」
「相手の都合があるんじゃない」
「相手の都合?」
「…戦いのことだけじゃなくてさ、他にも関心を持てよ」
拗ねているかと思いきや、この少年はオマールによく懐いている。
出逢いこそ刃を交わしたがその理由もあって二人の間に禍根は無い。少年は少しでもオマールに近づきたい一心で腕を磨き、目標とされていることにオマールはくすぐったさを感じながらも相手にする。
精鋭部隊の中でも息の合ったコンビとして知られ、現在急成長を遂げている少年がゆくゆくはオマールと肩を並べる日は近いだろう。
それを密かに楽しみにしているオマールに、少年は耳打ちする。クロエに聞こえないように、と。
「っていうかさ、あんたも狙ってるわけ?」
「見てわからないか」
「わかったから聞いたんじゃん。くそ、オマール相手じゃ叩きのめせない…!」
「今までそうしてきたのか」
「一番手っ取り早い。男のプライドを叩き潰せば大抵引き下がるからね。弟よりも弱い男に、姉はあげられませんって」
「なるほど」
「それなのに…」
「悪いな」
「悪いと思ってないだろ」
「ああ」
「首洗って待ってろ。すぐに追いついてやる」
「その前にクロエ殿を攫うさ」
「言ったな…!」
ぎりりと歯を噛み締める音が聞こえる。そんなに嚙んだら擦り切れるぞと注意しようか迷う程に。
そんなオマールの心配など知らない少年は、親の仇でも見るような目をしていた。
「姉ちゃん泣かせたらただじゃおかないぞ」
「泣かせない。というより、その言い方、許可が出たと思って良いのか」
「誰が出すか!だけど、もし、万が一、オレが間に合わなかったとしてら、だ。その時は、…………オマールになら、許す」
「ほう」
「だけど!絶対にそんなことは起きないからな!万が一、億が一の話であって、オレが強くなる方が先だからな!!」
「楽しみにしている」
「その余裕面が気に食わねぇ…!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何やら親密そうな二人を隣から眺めていたクロエは優しい笑みを浮かべ、そして子供達に視線をやる。
この子達が、何の憂いもなく、自由に生きられる世界…。
クロエを始めとする奴隷の身分の人間も、今は平民だが怯えて暮らす人間も、誰もが望んでいる世界だ。貴き者達の卑劣な行為に屈せず、凛と立ち向かえる未来を夢見る。
(あの御方なら…)
それができるとクロエは、クロエ達は信じている。奴隷であるクロエ達に、生きる希望を、人としての尊厳を取り戻し、指示してくれた存在だから。
(この身体は両親から頂いたもの。ですが主様、あなたからは人の心を頂いた)
クロエにとって、主は三人目の親であり、神と呼ぶにふさわしい人だった。
解放軍のリーダーが太陽ならば、クロエ達の主は太陽さえ包み込む宙だと、そう信じている。
(どうか、無理な真似だけはおやめください)
クロエは王都の方角に向かって、祈りを捧げた。




