エピローグ
奴隷改正と王侯貴族の粛清が行われた後、青年貴族を主とした者達は全員『誓約』を解除された。
身体に刻まれた憎き紋様は嘘のように掻き消え、人々は涙を流してそれを喜んだ。
そうして解放軍の皆はそれぞれ、思い思いの場所に帰っていく。
誰かは家族のいなくなった家に戻るのだと。
誰かは途中で知り合い恋に落ちた相手に会いにと。
誰かは新しい土地で新しい人生を始めると。
散らばっていくそれを、解放軍の中心に立っていた者達は一抹の寂しさを胸に、微笑んで見送った。
これから先は、誰もが自由に生きられるのだからと、彼らの誰かは言った。
その彼らは、ゆっくりと視線を向ける。
まだ目立たない腹を守るように立つ女と、全身包帯だらけで松葉杖をつく男。
そして二人の前に歩み出たのは、女とよく似た顔立ちの少年。
「行くんだな」
「ああ」
「あらロイク、行くって言っても、城下に借りたお家よ?」
笑う女に、少年はどこか恥ずかしそうに顔を逸らす。後ろの仲間達は微笑ましくそれを見守った。
「でも、しばらく戻ってこないだろ」
「城に上がるのは、もう少し先になるだろうな」
「オマールの傷が完治した頃にはきっと、この子が生まれているでしょうから」
愛おしそうにその腹を撫でれば、男が優しく目を細めた。
「そう、そっか…」
「でもロイク、あなたが私達の家に来てもいいのよ」
「あのな姉ちゃん、いくら敬愛する姉って言っても、新婚に突撃するほどオレは無粋じゃないよ」
「俺達はいつでも構わない」
「オマール、あんたまで何言ってんだ…」
頭を抱える少年を、女と男は不思議そうに見やる。何がいけなかったのだろうかと二人目配せするが、わからない。
「あーもう!このボケ夫婦!とっとと行きなよ、行かないと、オレが姉ちゃん攫うぞ!!」
「それは頂けないな。…世話になったな。行くぞ、クロエ」
「はい、オマール。…それでは皆、元気で」
二人の姿が見えなくなるまで手を振っていた面々は、一つの別れに寂寥の思いを抱く。
永遠の別れでもなく、彼らの新居と城は目と鼻の先ではあるけれど、それでも一つの別れであることには違いない。
一つの争いを終えた今、新たな時が到来する。それに備えるために、名残惜しさを残しながらも一人、また一人とその場から立ち去った。
「行っちゃったかぁ」
一番寂しがっているのに、一番虚勢を張っていた少年は、二人が消えていったその先をじっと、見つめて。
「幸せになりなよ、姉ちゃん、オマール」
その言葉を残し、城の中へ入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
解放軍に初期から参加していたのは九人。
その内二人を除き、残り七人はとある人物と『誓約』を交わし、主と仰いでいたという。
だがそれが誰だったのかを知る者は多くない。
「…クロエ」
「はい?」
「どうしてまだ、君の肌にはこれが残っている。あなたの主は解放しなかったのか?」
「ああ、これは」
「いつかまた、もう一度会えるまでの御呪いなんですよ」
解放軍治癒部隊に所属していたクロエは、己の右脹脛に刻まれた紋様をそっと撫でた。
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