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 その日、王国エントーヴァンの空はとても晴れていた。

 雲一つない空は澄み渡り、冬の終わりを告げるにふさわしい温かさがあった。

 誰もが待ちわびる春がもうすぐというその時に。

 エントーヴァンは、一つの争いに終わりを告げようとしていた。


 迷走した身分制度、それを利用し悪事を働いた、王族と貴族は追い詰められる。解放軍と改正派の両者に攻め入られた彼らは抵抗するも鎮圧される。

 『誓約』によって意に沿わぬ戦いを強いられた者、解放軍の一員として誇りと未来を賭けて向かって行った者…。

 戦場となった王都は、どこも血に染まった。

 この日、命を落とした者は万を超すと言われ、エントーヴァン建国以来、最大規模の内乱と語り継がれる。

 人々が、人の権利を求めた故に、血で血を贖う結末を迎える。それでも人々はその犠牲が無駄ではないのだと、無駄にしてはならないのだと、涙を流して祈りを捧げる。


 人々を虐げ、その尊い犠牲を強いた者達の処罰は次々に決まっていく。

 十五の貴族家の廃絶、六名の王族の斬首、一名の王族の投獄。

 処刑された王族の中に国王、第四王子及も含まれている。




 そして…。


 貴族さえも陥れる御業を私事に行使した、フランセット・エントーヴァン

 幾人の民を絶望という奴隷に叩き落とした、ユルシュル・バスティード


 王国の二大悪女は他の者と異なり、兄達に切り裂かれ出血死という最期を迎えた



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 争いの終わりを告げる鐘が鳴った。



 その中心で、オマールは息を突いた。

 久々に水中に上がったような、そんな気がする。長く呼吸を止めていて、待ち望んだ空気を肺に入れれば、全身の細胞が息を吹き返す。

 辺りには人の姿をした人形が幾重にも転がっており、そのどれにも鮮やかな赤がべっとりと纏わりついている。




 それが、オマールにも付着している。



 そっと、槍を握る手と反対の手をそこに触れれば、くすんだ赤が指に付く。もう痛みはない。

 あるはずなどなかった。

 オマールは、既に五感を鈍らせていたのだから。

 立っていることさえ、オマールにはわからない。

 段々と霞む視界、ツンと鼻孔つく匂い、遠のく音、喉からせり上がる味、疲労を訴える身体。


(もう、終わりだろうか)


 うすぼんやりと、鈍る思考の中で考える。

 ずっと戦ってきた。ずっと死と隣り合わせだった。

 多くの人を、罪なき人を、命令だからと切り捨ててきた。

 とうとう自分の番が来たのだと、ただそれだけなのだと。


 全てを受け入れて、力なく地に伏した。


(向こうに家族はいるだろうか。離れてしまった、俺の家族は)


 あの日以来一度もあっていない。きっと、もうこの世にはいない。


(もうこれ以上、俺がここに踏みとどまる理由は)



 ない




 そう、思おうとした。

 なのに、言葉が詰まった。


 かつんと、倒れた拍子にそれが胸元から飛び出し、目の前に躍り出る。


(………ロケット…?)


 暗くなる視界がようやく捉えたのは、くすんだ金色のそれ。

 どうしてそんなものを持っているのだろう。

 自分の者ではない気がする。


(誰の………っ!)


 帰る

 必ず


(どこに)


 あなたと子と生きる未来を

 約束する


(だれと)



 待っていて欲しい

――――――――クロエ



『オマール、私のただ一人、愛したひと。私はこの子と、あなたの無事を信じ、待ちます』




「がっ、あ、…ぐ」


 死ぬ覚悟ではなく


「う、ぁ、ぁぁあ!」


 生き延びる覚悟を



「クロ、エ…!!」



 約束を、果たせ

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