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閑話3

 攪乱部隊に所属するリゼットはここ数日間、ずっと不機嫌だった。

 普段から一匹狼で仲間と談笑したりしないが、これはちょっと近寄りがたい。

 いつもなら軽やかに、どこか品のある動きをする彼女だが最近はドスドスと音を立てて歩いている。

 その様子に解放軍の仲間は恐れをなしている。まさに触らぬ神に祟りなし。

 だがそれでも、勇気ある(空気を読まないともいう)男が声をかける。


「どうしたのかな、リゼット」

「…ノルベール」

「そんな地獄の淵から舞い戻った夜叉みたいな顔と声はやめようよ。ほら、周りが怯えているよ。ここには小さい子もいるんだから」

「あなたはどうしてそう、呑気でいられる」

「と、いうと?」

「決まってる、クロエのことだ!!」


 「成程ねぇ」と男は納得するけど、かといって引くわけでもなく穏やかな雰囲気を保つ。リゼットの怒声にも動じないあたり、さすがは心の医者と言うべきか。

 激昂する患者などよくいると、場慣れしているノルベールは和やかな表情で問いかける。


「自分等はその辺、部外者だからどうにもできないでしょうね」

「何を悠長なことを…!あのままではクロエが悲しむ、あの男はきっと、次の戦いでは」

「さて、先のことなんて誰にもわからないでしょう?君にも、自分にも」

「死ぬ確率の方がずっと高い!」

「あぁ、そうかもしれませんねぇ。でも」


 ノルベールは銀縁の眼鏡を押し上げる。そう言えばこの仕草、随分気に入っていたなぁなんて思い出しながら。

(会いたいですねぇ)

 穏やかな、それでいて手放しがたい感情が身体を支配する。その顔を見なくなって、どれほどの月日が経っただろう。その温かな庇護の下で過ごした時間と比べてしまえば短いはずなのに、心はこんなにも切望する。

(まさか憎いはずの『主』に恋をするなんて、誰が思いますか)

 絶対に、ありえないと思っていた。それなのにあのひとはそれを簡単に覆してしまう。

 …そう、ありえない、可能性はゼロのはずだったのに。


「リゼットは彼が死んでしまうと、そう信じているんですかね」

「っ…その問いかけは卑怯だ。仲間が死ぬところなど、まして友の恋人が死ぬなどと思いたくない。だけど……、楽観視できるほど甘くないだろう」

「ああ、すみません。意地悪な質問の仕方でした」

「ノルベール、あなたはわざとそうしているだろうが」

「ばれました?あ、ほら、やめてくださいよ。あなたに殴られたら自分、全治一か月ですよ」

「それで済ますと思うのか」

「えええ…?済ましてくださいよ」

「全く」


 フンッと鼻を鳴らしてリゼットは腕を組む。

 その様子にノルベールはようやく安心し、苦笑を一つ漏らした。


「随分変わりましたねぇ」

「それはあなたもだ、ノルベール」

「そうですか?」

「アタシの知る限り、あなたはそんな穏やかな笑みを浮かべることなんてなかった。笑っても、目が笑わない。恐ろしい光だけがあった」

「そうでしたか。じゃあきっと、それを主様も見抜いていたんですかね」

「当然だ。あれは普段はああだが、馬鹿ではない…多分」

「おやおや、自信がないようで」

「うるさい、事実だ。ああもう、今だって何もないのに転んでるんじゃないのかとか、階段踏み外して転げ落ちたまま昏睡状態になってるんじゃないのかとか、変なもの拾い食いして死にかけてないかとか…く、不安しかないんだ!」

「あなた、主様のことどう思ってるんですかね…」

「馬鹿な奴だ。馬鹿で間抜けでどうしようもなくお気楽でそのくせ無茶はするしこっちの心配など気にも留めないし…って言わせるな!」


 真っ赤な顔で怒りを露わにするリゼットを可愛いものを見るような目を向ける。それに気づき居心地が悪くなったので視線を逸らした。

 自分等の主様は愛されてますねぇとのほほんと思う。リゼットの言葉は少々乱暴だが、間違いではない。主の自覚がないと言うか、どこか放っておけないひとなのだ。

(だからこそ、自分は愛しいって思うんですけどね)

 しかしこの恋、中々障害が多い。恋敵の多さもそうだが、何より主本人が最大の壁だ。


「クロエのことですけど」

「そうだ、今はその話をしているんだ。あれのことなど思い出させるな、禿げそうになる」

「女性がそういうことを言うものではないと思いますけどねぇ。さて、彼女とその恋人ですが」

「ああ」

「まぁ、なるようにしかなりませんって」

「…………あなたは」

「はいそこ、怒らないでください拳作るの禁止ああほら振り上げないで、暴力反対ですって、自分非力なんですから」

「男だろう。一度くらい女から本気で殴られてみろ」

「それならリゼットではなくて主様の拳を所望しますよ」

「この減らず口が」

「暴力女って呼んで差し上げましょうか」


 その拳が振り上げられたか否かは、後日心の医者の頬を見れば一目瞭然だった。


(でもまあ)

 痛む頬をさするノルベールは、天幕に残した二人を思い返す。

(あの二人なら、大丈夫な気がしますけどねぇ)

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