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 解放軍は、全軍を持って王都に向かった。

 しかし直線の道筋は警戒されているらしく、陽動しつつ大きく迂回して王都に入ることとなった。

 コルベール家別邸から王都まで結局三ヶ月かかり、長い道のりでそれぞれの胸中に様々な思いを抱えて前に進んだ。

 もう後戻りはできないその道中、一人として抜けることはなかった。

 そんな緊張の最中、互いの想いを確認し合った者達は少なくない。


 その一人であるオマールは、時折胸元に手をやってその存在を確認する。

 彼女がいるのはここより後方、視認することは困難だった。しかし太い首に飾られた金の鎖、その先は服の中に隠れてしまっているが、それを服の上から指先でなぞる。

 オマールには彼女が母親から受け継いだと言うロケットを、彼女にはオマールが街で見繕った指輪をそれぞれ身に着けていた。

 この先どうなるかわからない身の上だからこそ、互いを強く必要とし、いつだって自分の下に帰ってきてほしいという証を渡す。それはとても自然なことで、オマールの胸を熱くする。

(生きたい)

 彼女を守り切れれば良いとさえ思った。自分の命を投げ打っても、彼女さえ生き延びてくれれば満足だと。

 だがあの夜、同じ想いを抱いていることを確認し、その肌を知った今、彼女を残して死にたくないと強く感じる。


 クロエと、共に生きていたい。


 人として、人らしく。自由の中で、大切なひとの傍で。

 不当に扱われることなく、理不尽に嘆くことなく。

 ただ、静かな愛情を感じて、それを育んで、安らかに死んでいく。


 そんな当たり前を手に入れるために、そんな当たり前の中で彼女と生きていたい。


 オマールは、ぐっとロケットを握りしめた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「オマール殿」


 王都まであと数日となった。

 今日の行軍は終了し、設営中の最中、オマールはかけられた声の方を振り向く。そこにいたのは攪乱部隊の背の高い女で、やや不機嫌そうに腕を組んでいる。

 彼女もまた、初期メンバーの一人だ。


「リゼット殿…で合っているか」

「あなたに覚えられているとは光栄だな。話がある、来てほしい」

「俺とあなたは初対面のはずだ。部隊も異なる、話すことなど無いはずだ」

「アタシにはある。…クロエのことだ」


 それにオマールは眉を顰め、出された名前のこともあって素直に従う。

 軽やかな動きをする女の背を追いかけ、一団からやや離れた林の中でようやく立ち止まる。

その眼差しはとても不機嫌だった。


「クロエとのこと、どうするつもりだい」

「どうするもこうするも、恋人だと思っている」

「ハ、これから大舞台に望もうってのに、何甘いこと抜かしてるんだ。あなたは自分が何者で、何をしてかしたかわかっているのか」

「どういうことだ?」

「あなたの立場は、これから死にに行くようなものだ。解放軍で抜きんで武に優れたあなたは、確実に争いの中心に立つだろう。それはつまり、殺意の的になると言うことだ」

「そのつもりだ。それを任せられたのは名誉なことだと思っている」

「ならば何故!」


 女は容赦なくオマールの襟首をつかんで、至近距離から睨みあげる。不機嫌だった色は怒りの炎に変わっているのが良く分かる。

 しかしオマールは、何故こうも怒るのか皆目見当もつかない。女とオマールは全く接点がなく、あるとしたらクロエと言う女性だけだ。


「何故、無責任な行動をした!」

「無責任?そのような覚えはない」

「ハァ?!覚えがないと、そう白を切るのか!精鋭の、オマール殿ともあろう男が!!」

「すまないがリゼット殿、話が全く見えない」


 珍しく困惑顔を浮かべるオマールに、女は話がかみ合っていないことに気が付く。それによって怒りは抑えられ、再び不機嫌な瞳がじろりとオマールを睨みつける。

 不興を買った覚えはないはずだがと首を捻っていたのも束の間、その言葉によってオマールは頭を鈍器で殴られたような感覚に陥る。


「クロエの腹に子がいる。父親はあなただろう」

「…子?」

「そういった行為をしたはずだ。クロエはあなたに負担をかけたくないからと、口止めをしている。だがそんなもの知るか」

「…本当、なのか?」

「この状況だ、確定的なことは言えない。だが医師は十中八九、そうだろうと言っている」「子が。クロエに、俺の子が…」

「どうするんだ。あなたは死ぬ可能性が高い。それでも解放軍はあなたを手放すことはできない。必ず前線で戦ってもらう。そうでなければならない。…今なら」


 苦し気に口を噤み、だが女は意を決して言った。

 それがどんなに非情な行為であろうとも、悲しいものであっても。


「子を、流すことはできる」

「………………クロエ、は、何と」

「あの子が殺すわけがない。何が何でも生むと言っている」

「そう、か」

「ほっとするな。クロエは、あなたが今回のことで命を落としたとしても子を生み育てると覚悟している。…あなたはそれでいいのか」

「何?」

「クロエにそんな悲壮な覚悟をさせておいて、あなたは何も思わないのか!」

「っ!」

「クロエは第三野営場だ。話して来い。話して、どうするか…二人で決めろ」


 それだけ言って、女は背を向ける。だが立ち尽くすオマールを一瞥し、嘆息した。


「あの子は私の友だ。喜ばせるのは勝手だが、悲しませるな…絶対に」

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