7
「そうね、やっぱり、ドレスは緑かしら?あの王子様と並ぶのなら…大人っぽくしたほうが良いと思うの。」
私の髪をコテで、巻きながら、おばあさまの意識は、もうクローゼット方へと飛んでいるようで、私の元気のなさには、気が回らないようだ。そんなおばあさまを鏡越しで見ながら、先ほどのことを思い出し、嘘をついたことが、ばれないようにおばあさまから、そして自分から逃げるように、きつく目を閉じた。
あの時、すぐに《違うの。》と言っていれば…
ううん…やっぱり無理…、私には言えなかったと思う。
だってあの時、お兄ちゃんが血相をかえて
「おまえ、ラファエル王子と会ってたそうだが…」と叫んだ声に…
おばあさまの声が、
「まぁ!!王子様なの!それで、それで何処で知り合ったの?!」
と私の耳に嬉しそうに響いたから…きっと、きっと言えなかった。
あの時…
お兄ちゃんの考えのない行動には、ほんとに参ってしまうと、心の中で溜息をつき、どうやって、誤解をといたらと、おばあさまに視線向けた時…私と同じ色の緑の瞳が、潤んでいた。
「マリーには、苦労をさせてばかりで、ずっと辛かったの。同じ年代の女性達が恋をして、結婚していく中、働きどうしで、幸せを見つける暇さえ、作ってあげることもできなかったから、申し訳なくて…。でもようやく、見つけたんでしょう?奥手のあなたが、あの宿の前で男性と一緒にいた。という事は、好きな人なんでしょう?」
そう言って、微笑んで……泣いていた。
言葉が出なかった、
娼婦扱いしたあの王子様に一泡吹かせたいから、そして子爵家を潰したくないから、娼婦のように振る舞うとは…。こんなに愛してくれる人には言えない。でも、なにか言わないと、返事をしなければと焦る私の気持ちは…私自身をバラバラにしたかのように
唇は…おばあさまの涙に嘘をついた。
「うん。凄く素敵な方なの。」…と
でも、おばあさまと同じ色の瞳は…嘘をつけなくて、おばあさまの視線を避けるように、目を伏せて、すべてを遮断してしまった。
そんな私の気持ちをおばあさまは、気づかないようで
「そう良かった。」
と言って、私より小さな体で、私を抱きしめると…幼い頃のように私の頭を撫で
「幸せを見つけたのね。」
と何度も、何度も、そう言っては、私の頭を撫でていた。
私は、その手のひらに答えるように頷くと、おばあさまの肩越しから見える、青い顔のお兄ちゃんは、私と眼を合わせ、(どういうことなんだ。)と言っているように見え…私はおばあさまに話しながら、お兄ちゃんの困惑している眼に
「王子様は、しばらくこちらに滞在されるから、アドニスさんのところの朝のバイトは、今日から休みたいの。しぱらく間、家には金銭的に迷惑をかけてしまうけど…ごめんなさい。」
おばあさま、上気した頬を両手で抑えながら、うんうんと頷き…
お兄ちゃんは、私が王子様のスキャンダルを掴もうとしていると確信したのだろう。
「おまえ…」と言って黙り込んでしまった。
あの顔は…
お兄ちゃんの顔は…悲しそうに見えた。
「マリー?」
とおばあさまに呼ばれ、ハッとして眼を開けると、鏡に写った私は…私ではなかった。栗色の髪は、緩く巻かれ、目元にアイシャドーは、入ってはいなかったが、マスカラとアイラインで、丸い子供っぽい眼が、横に長く艶っぽい眼に、そして唇と頬は、少し濃いピンク色を差していた。
そこには、いつもとは違う。子爵令嬢マリー・ベルトワーズがいた。
「言っていた通りでしょう。マリーは綺麗だって、普段もこうやって、お化粧すれば良いのに…、」
でも、鏡の中の私の顔は、厳しい顔で私を睨み…
《いいのね。あの王子様のスキャンダルを掴んで一泡吹かせるのね。》と言っているように見え、私は堪らず下を向くと、耳にラファエル王子の声が…
『男は何人いるんだ。3人か?複数の男と付き合えるのなら、もうひとり増えても、支障はないだろう。』
ハッとして、顔を上げると、鏡の中の私が…ラファエル王子の顔と重なって見えた。
私は…
私は…違うもん。
「マリーまたそんな顔をして…思わば思わるるよ。」
「それは…どういう意味なの?」
「好きな思いを持ち続けると、相手も自分のことをいつしか好きになってくれる。という、東の島国の諺よ。知り合ったばかりですもの。まだ、ふたりの間にあるものは、恋というほどまで、熟してはいないのでしょう。でもマリーの気持ちが、ぐらつかなければ、こんなにマリーは素敵なんだもの。きっと、王子様もマリーへ好意が、恋に変わっていくわ。だから…そんな悲しい顔をしないの。」
「悲しい顔……をしていた?」
「ええ、まるで好きな人に、意地悪な事を言われ、悲しくて仕方ありませんって…顔をしていたわ。私もそうだったから、あの人はマリーのおじいさまは、私のことを好きになってくださるどころか、家の格が違い過ぎると言って、避けられて…悲しかったわ。」そう言って、微笑むと
「今のマリーは、その時の私のようよ。好きな人に意地悪なことを言われて泣いてる顔。でも大丈夫よ。宿の前で見かけた時、お似合いだったもの。」
マリーは、祖母アデラの話に、微笑んだが…
鏡の中のマリーは、相変わらず厳しい顔のままで、いや…祖母アデラが言う悲しそうな顔で、鏡を見つめていた。
「好きな人…じゃないもん。」
マリーは小さな声で鏡に向かってそう呟き、唇を噛むと下を向いた。