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この一年、この日が来るのを何度夢を見て、何度目覚めた時の虚しさに、唇を噛んだだろうか。
だが、その反面、この日が来るのを待ち侘びながら、何処か恐れていた自分がいた。
彼女を抱きしめて、温もりを感じ、彼女の全てが、俺だけのものだと確かめない限り、この恐れは胸の中で永遠に消える事などないだろう。
だから俺は…お前をこの腕に抱く
馬を駆る俺を追いかけて、バルボリーニ国へと一緒に行った従者のひとりの叫ぶ声が聞こえた。
「ラファエル殿下!!どこに行かれるのですか!!!」
「妻になる女を!攫いに行く!!」
「!!」
「…いいか、おまえら邪魔するなよ!」
後ろから数人の男達の雄叫びが、聞こえてきた。その雄叫びに混じって、
「キスシーンは邪魔しません!!」
と、従者のひとりがそう浮かれたように叫んだ。俺は笑いながら
「邪魔なんかさせるか!先に行く!」と言って、馬の腹を蹴り、ロレーヌ国へと走らせた。
*****
馬を走らせながら…この一年を思い出していた。
一年前、俺は父と兄の前で全てを告白し、赦しを乞い、そしてマリーへの思いを願い出た。
父は黙って俺の話を聞き、兄は俺の拗れた初恋の話を聞いて
「…この馬鹿…」
と、ひとこと言って、軽く俺の頬を叩くと、大きく息を吐き
「私は、運が良かったのだろうなぁ。国と国との強固の為の結婚であったが、愛を育む関係を築く事ができた。ラファエル、子を作ると言うことは神の領域だ。絶対と言う言葉は使うことは出来ないが…私の運の強さを信じてくれ。」
「兄上。…ありが…とうございます。」
「ラファエル。」その重厚な声と同時に、肩に手の温もりを感じた。
「おまえは幼い頃から、寂しがりやだったな。私や王妃に抱きしめられる事を乞い、王太子にはいつも手を繋いでもらわないと、泣きそうな顔で自分の手を見ていた。」
「父上~!」
「寂しがりやのおまえの中に潜む、寂しさや不安を受け止め、そして拗れた初恋の解決を助けてくれた女性に私も会いたい。」
「で、では、父上!」
「あぁ、王太子が毎夜頑張ると言っておるしなぁ。」
「父上……そういうことは…。」
「…王太子妃には言うなよ。」
父と兄の会話は、やがて明るい笑い声となり、俺は……嬉しかった。
王家に生まれた者は…物心がつく年齢になると
【王家に生まれた者は、その権力と豊かな生活を支えてくれる民の為に、己を捨て去らなければならない。】と教わる。
幼かった俺は、その言葉が恐かった。
父や母そして兄との家族としての繋がりがないと言われたようで、いつもどこか触れていないと、繋がりが切れそうで恐かった。寂しくて、不安で俺はずっと愛を求めていた。
だが…ずっとあったんだ。愛は側にあったんだ…そう、ずっと心は繋がっていたんだ。
父と兄の手が、俺の手に重なり、その重なった手を父は見つめながら…
「家族でこうやって、手を携え生きてゆけるとは…私は幸せな王だなぁ。」
父は、兄を見つめ…そして俺に視線を移すと
「ラファエル。その女性との約束、決して違たがえるではないぞ。」
「御意!」
*****
一週間後、父は退位を表明した。
俺の初恋の結末を知ったからかもしれない。
今頃になって俺は、ようやく父の苦悩を知った…情けない話だ。
公には、なってはいないとはいえ、実の兄の…その妻に恋をした息子を諌めるだけでは、どうにもならないと父はわかっていたのだろう。俺が自分で解決できるのを待ち、もしもそれが政変への引き金となった場合、王太子の為に、その盾となるべく王の座に身を置いていた父。
そんな父に報いる為に、俺は必ずマリーを妻に迎え、臣下となってこの国に身を捧げていこう。
それが…父や、兄、そして国に対して、これからやらねばならないの俺の勤めだ。
マリーと一緒に歩む為の扉が開いた。
あとは、手を伸ばし、あの泣き虫なくせに、気が強くて…優しくて…愛しい女ひとの手を…いやその人生を掴み、一緒に歩くんだ。
マリー。
馬を全力疾走しても、マリーの住むロレーヌ国に入ったのは、翌日の夕暮れで、本来この時間なら…屋敷を訪ねるのが確実なのだろうが、俺は湖へと足を向けた。
なぜだろう。彼女はあの場所で待っていると、なにかが言っている。
ポケットから、昨年の花祭りで彼女の髪を飾った、ピンクとホワイトのガラスの花の髪飾りを出すと、そっと握り締めた。
昨年の花祭り、ユベーロ達が襲って来た舞台の上で、マリーの髪から落ちたこの髪飾り。ヘタレな俺は、返すタイミングを計りかねているうちに…いつしかその髪飾りは、マリーの身代わりとなって、ポケットの中で俺を支えてくれていた。
彼女は湖で待っている。
王子と花の妖精の御伽噺のように…俺を待っているような気がする。
マリー、お前に会いたい。