表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様に恋の手ほどきを・・・。  作者: 夏野 みかん
5/54

4

また、思い出し、口元が緩んだ。

黒縁の眼鏡をかけ、栗色の髪を結い上げた姿は…どう見たって真面目な学生姿だったが、口元から出てきた言葉は…男との駆け引きを楽しむ女の台詞だった。


「ごめんなさい。いつもはもっとあっさりとお別れできるのに…ご迷惑をおかけして」

と微笑み、ヒィヒィ言っている男の腕を引っ張り、ドレスを翻し慌てて逃げ出した少女。


背伸びをしているその姿がたまらず可笑しく、そして…可愛かった。



「殿下?お珍しいですこと。そうやって偲び笑いなど…」

そう言った赤い唇が、口元の黒子ほくろに、より色を漂わせながら、笑みを作っていった。


「そうですか、イラリア伯爵夫人。」


「えぇ、いつも微笑んではいらっしゃるけど、中味がないと私…思っておりましたのよ。」


「それは手厳しい。それでも…今宵は付き合ってくださるんだ。」


「でも、主人が帰ってくるまでですけど…」そう言って、微笑んだ口元に、俺は唇を寄せた。


今夜も…偽りの夜が始まった。


伯爵夫人の赤い唇を寄せるとき、あの少女の男慣れした台詞を、紡ぎだした薄いピンクの唇を思い出し、ほんの一瞬、体が止まったが、すぐに俺の唇は、ゆっくりと伯爵夫人の唇を堪能していった。

もう、あの少女とは会う事もないだろうし…今日は伯爵夫人との逢瀬の時間は長くはない。

だから今は…このわけのわからない渇きを癒すのが先だ。

伯爵夫人は、それがわかったかのように、俺の背中に手を回した。




逢瀬の時間はあっという間だった。衣擦れの音を残し、伯爵夫人が部屋を出て行く気配がした。眠っている振りをしていた目をゆっくり開け、俺は帰って行く伯爵夫人の背中を黙って見送ると、ベットから起き上がり、少し肌寒くなったテラスへとでると、マッチを擦りタバコに火をつけた。


美味いと思ったことはない。ただ、白い煙が空へと立ち上るさまが、自由に見えたから…

自分が願う幸せがそこにあったから……今もやめられない。


空へとタバコの煙が、立ち上って行くのを見つめながら…


昔、タバコへと逃げた頃を思いだした。

そしてそれは、淡い逢瀬の思い出が、だんだんと変わっていった頃と重なる。


あの夫人とはもう長い。俺が18の頃からだから…もう12年。

知り合った頃にはすでに、人妻だった。好きで好きでたまらず、20代前半頃までは、伯爵と別れて欲しいと何度、哀願した事かわからない。だが、あの人はいつも微笑むばかりで…。誘えば俺に抱かれるが、どんなに抱いても何を考えているのかわからなくて、俺は疲れてしまい、そのうち俺もあの人と同じように、いつも微笑んで…他の女性を抱くようになり、そしていつしか彼女への恋心は…馴れ合った男と女の体だけの関係になっていった。


タバコをもみ消しながら

「美味くないなぁ。」と自然と本音が出て…苦笑した。


タバコへと逃げることで、どこかで俺は自由を…人を愛する心をあきらめてしまったのかも知れない。

白い煙と一緒に空へと上っていったのかなぁ…。


あの頃には、戻れない。


あの頃…まだ夢を持っていたあの頃には…


その言葉は、俺にまた、背伸びをして、女を演じようとしている少女を思いださせた。彼女の中に、自分が失ったものを感じたのかもしれない。


もう…12年前のような純粋さは、俺にはないなぁと苦笑しながら、

「君は、ちゃんと恋をしろ。イラりア伯爵夫人や俺みたいになるな。」


と…もみ消したタバコを握り締め、何気に下を見た



それは偶然だったのか…それとも必然だったのか…


彼女が…あの少女…うな垂れ歩いていた。

あのケリーという男となにかあったのか?

俺は、簡単に身支度を整えると、急いで降りていった。

なにも考えられなかった…ようやく追いついた背中は、小さくて寂しいと泣いているようで、手を伸ばし…そう、手を伸ばし…俺は…


だが伸ばした手を…強く握り締め


「あの男とは、話がついたのか?」

これしか…言えなかった。これしか…


そんな訳のわからない不安定に揺れた俺の気持ちに、飛び込んできたのは、彼女が言った他の男の名前だった。どうしてこんなに、腹が立つのかわからなかった。


彼女も俺が知っている遊びなれた女たちと一緒なのか?


背伸びをしているだけではないのか?


いや、そんなはずはない。あの男に慣れた口調に…色はなかったはずだ。


だが複数の男の名前を、彼女の口から聞いた時、俺の中に小さな火種が出来ていた。


だから…


『ケリーは気が弱いけど、優しい人なの。アドニスさんは、ちょっと、スキンシップが激しいけどお金持ち。私の人生には必要な人達なの。そしてなにより私を愛してくれるわ。社交欄で見聞きしておりました有名人のどこぞの王子様みたいに…夜毎相手が変わるより、私のほうがよっぽど、相手に対して誠実だわ。』


『22時には、ライナスさんと会わなければならないから、失礼したいんですが、王・子・様!』



…火がついた。混乱した心に…火がついた。


それは彼女が、俺が思うような少女じゃなかった事が、混乱した心に火をつけたのか…。それとも他に男がいるという事が火をつけたのか…。


火がついた心は残酷な言葉を紡ぎだした。

「男は何人いるんだ。3人か?複数の男と付き合えるのなら、もうひとり増えても、支障はないだろう。」


彼女の左手を取った時、俺は、彼女の唇を奪うつもりだった、

その姿が、遊びなれた女の姿が、本当の君なのか…と奪う事で確かめたかった思いもあった。


だが…できなかった。

もし、俺と同じように…複数の異性がいると言うことが本当なら…

あの唇に口付けたなら…俺も彼女の男のひとりになると思うと出来なかった。


いつもなら、そんな女たちと逢瀬を楽しむ事ができるのに…

お互い、付き合う異性がひとり増えるだけなのに…



手の上なら尊敬のキス

額の上なら友情のキス

頬の上なら満足感のキス

唇の上なら愛情のキス

閉じた目の上なら憧憬のキス

掌の上なら懇願のキス

腕と首なら欲望のキス




混乱した心は、唇ではなく掌の上の口付け…懇願の口付けを選んでいた。

それは複数の男のひとりに俺を見ないでくれと、どこかで願っていたのだろうか?


だが指が…名残惜しげに彼女の唇を求めた。それはなぜだったのか?

確かめる余裕のないまま…わからないまま…いつまでも指が…唇を求めようと震えていた。


だが俺の口は…彼女を責めた。


「次の男のところにいく時間じゃないのか」…と





手の上なら尊敬のキス

額の上なら友情のキス

頬の上なら満足感のキス

唇の上なら愛情のキス

閉じた目の上なら憧憬のキス

掌の上なら懇願のキス

腕と首なら欲望のキス・・らしいです。深いなぁ~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ