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「…ごちそうさま。」
「マリー…。」
「ご、ごめんなさい。なんか風邪でも引いたのかしら…食欲無くて。」
「マリー、おまえ…あの写真にまだ囚われてるのか?!おまえはあいつを信じられないのか?!」
それはアルバーニ公爵から写真を渡されてから…2日後のことだった。
「ケント!」
「ばあさまは黙っていてください。おまえの王子への気持ちは、たった一枚の写真で揺れ動くものだったのか!王子は必死に、おまえとの未来を切り開こうとしてるのに!」
「ど…どういうこと?まったく…わかんないよ。おにいちゃん…。」
「くそっ!!これを読め!」
そう言って、ポケットから出したのは…封書だった。
アルバーニ公爵から写真を渡されたことを一瞬思い出し、真っ青になった私に、お兄ちゃんは舌打ちをすると
「何で、兄貴の俺がおまえを泣かすようなものを見せるかよ。」
「だって、おにいちゃんは、一年前まではいつも間抜けな失敗をして、借金を抱えて、私やおばあさまに迷惑かけてたじゃん!まだ……信用できないよ。」
お兄ちゃんはポツリと「だよなぁ」と口にすると、私たち二人を見つめ、ゆっくりと頭を下げ
「…悪かった。もっと早くおまえや、ばあさまに謝るべきだった。やらなければならない事だとわかっていたのに…何処かで、甘えていたんだ。本当に長い間、迷惑をかけてすまなかった。許してくれ。」
「おにいちゃん…。」
「ケント…。」
「 俺がこうやって立ち直れたのは…王子が一年前に見せたおまえへの愛だ。おまえを思う気持ちを、あの色男の王子がもう必死で、カッコ悪いんだ、でもがんばっている背中が…教えてくれたんだ。 王子は…本気だ。必ずおまえを迎えにくると俺は信じてる。」
おにいちゃんはそう言って、封書を私へと差し出し
「一年前からだ。ラファエル王子とこうやって文を交わしている。まぁ先日知ったんだけど…実はばあさまもだ。」
「えっ?!!」
おばあさまに顔を向けると、おばあさまが笑って…小さく頷いていた。
「ど、どうしてラファエルが…おばあさまとおにいちゃんに…。」
「おまえ、言ったんだろう。会いに来るな、手紙も出すな…と、あの王子、律儀にそれを守っているんだよ。でも、おまえの近況は知りたくて、俺やばあさまと文を交わしていたんだ。とにかく、これを読め。おまえに関してのところは、ヘタレ過ぎて笑えるぞ。」
渡された…便箋を私は震えながら開いた。
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バルボリーニ国に父の名代として訪れているのだが、昨夜フィオレンティーナ王女と一緒のところを写真に撮られた、それも隠し撮りだ。別にやましいことなどないからかまわないのだが、バルボリーニ国内で、女たらしと最低の評判を持つ俺を、風評でも娘が穢れると言って、王女の側にさえ、俺を近付けさせなかったあのバルボリーニ国王が、王宮内とはいえ、俺と王女の写真を撮った輩を見す見す取り逃がすとは、どうしても合点が行かない。
わがエフレンとの小競合いもだ。バルボリーニ国は先月、1年続いていたルプラト国との戦いに勝利したとはいえ、国民の疲労は、まだ癒えてはいないだろう。そんな中、小競り合いとはいえ、なぜエフレンにちょっかいをだしてきた?エフレンと事を構える気でいるのなら…数年に渡って、策を弄するだろう。
まさか…わが国を舐めてかかっているとは思えない。
わざわざバルボリーニ国に、国賓として俺を迎え入れた、バルボリーニ国王の真意を探るつもりだが…あの国王が早々に腹の中を見せるとは思えん。
…面倒なことになったと思っている。
いや、それよりもだ。もし、万が一撮られた写真が、マリーの目に入り誤解されたら…俺はどうしたら良いと思う?会いに行き誤解をとくのが最善だと思っているが、マリーとプロポーズをする日まで、会わないと約束している。だからそう簡単にはマリーに会えない。もし…マリーがあの写真を見て誤解をしていたら、必ず!必ずだぞ!誤解を解いておいてくれ。俺のマリーを頼む。
確かに…笑えた。でも…文字が滲み…
とうとう堪え切れず、その手紙を抱きしめると、ポロポロと涙を零れていった。
「…俺のマリーを頼むだって、バカ言え、マリーはまだ俺の妹だ!」
お兄ちゃんの不貞腐れた声に、笑ったつもりがうまく笑えなくて、もう大丈夫と笑いたかったのに…涙が止まらなかった。
お兄ちゃんは私の涙を拭うと、少し乱暴な物言いで
「書いてやれよ。あのへタ王子に!」
「…うん。」
私から手紙を書こう。会いにきてと書こう。
先は見えない。でも、それでもいい。そう…それでもいい。
あの人を愛したことが…あの人に愛されている事が…今はただ幸せ。
……それだけでいい。
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それは、滞在3日目のむっとする空気が身体に纏わりつく夜、
バルボリーニ国王に、寝酒に付き合ってもらえるかと誘われた。
「息子がいれば…こうやって酒の相手をしてもらえうのだがなぁ。」
俺はバーボンのグラスを傾け、視線をゆっくりとバルボリーニ国王へと向け、その目の中にあるものを探っていた。
バルボリーニ国王のそれは本音だろう。
数十人と言われる、側室、寵妃を持つバルボリーニ国王だが、子供はフィオレンティーナ王女ひとりだった。わが国と違って側室を持つ事が可能なお国柄だが、どうやら子宝には恵まれないようだ。世継ぎの話はどこでも頭が痛いということか…そう言えば、ルプラト国との戦いもフィオレンティーナ王女の婚姻の事が発端だった。
確か、ルプラト国の王子が婿入りと言う形で、婚姻は進んでいたが…婚姻前なのに変な話だが、ルプラト国の王子は側室として、数人の女性を連れて行きたいと話があったそうだ。側室を持つ事が可能なバルボリーニ国ではあるが、バルボリーニ王家の血を持つのは王女だ。本来なら、まず王女に男子が生まれてからだろうに…小国の王子が、大国のバルボリーニに大きな口を叩けたものだ。おまけに連れて行きたいと言っていた側室候補の中に、子を孕んでいる女性がいたと言う。ルプラト国の王子はもうバルボリーニ国は自分の物だと思ったのだろうか…愚かな奴だ。
バルボリーニ国王が激怒したのはわかる。
もし、フィオレンティーナ王女に子が出来なければ…婿入りする国の影響は避けられないだろう。例え、婿の国が小国であってもだ。もちろんその覚悟があって、婿となる男を見定めていたのだろうが、フィオレンティーナ王女がルプラト国の王子に、一目惚れだったという噂だったから、娘可愛さにいろいろ目を瞑ったのが…戦争という大きな代償を払う結果になったわけか…。
王家の血筋を守る事を、俺は否定できない。俺自身もそれに縛られているのだから…。
だが王家の色恋沙汰が発端で始まった戦争は、国民にとっては、はた迷惑なことだ。
ラファエルは腹の中で、黒い笑みを浮かべていた。
その時だった…。
「先日…面白い話を聞いた。」
それは突然だった…いや、バルボリーニ国王らしい交渉の進め方だった。