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王子様に恋の手ほどきを・・・。  作者: 夏野 みかん
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あの御伽噺の王子はどんな思いを抱えて、この湖までやって来たのだろうか。

その思いの深さや寂しさは、誰にもわからないことだが、でも、今の俺のように、目の前の情景から、目が…そして心が囚われ……怯えていたと思う。


それは…

湖に足をつけ、両手をゆっくりを空に向かって手を伸ばす少女の姿

春風がそよそよとそよぎ、少女の長い髪が後ろになびき


そして…

風であらわになった顔…閉じた目尻から一滴の涙


ここから飛び立つんだと思った。もう二度と…会えない。


い、嫌だ!

だが彼女へと伸ばした手が……止まった。


『マリーの心は、ラファエル王子に囚われたままです。マリーを愛してくださっているのなら、なにもやらない前に、諦めないでください。無理なことはわかっております、でもせめて国王を説得すると仰ってください。希望を…マリーに作ってやってください。お願いします。』



…と彼女の兄が言った言葉は、俺に彼女を追う勇気をもたらしたが…今、彼女の姿を見て、俺はまた戸惑い…彼女へと伸ばした行き場のない手を握り締め…呟いていた。


いいのか…本当に彼女を、俺は幸せにできるのか?…と



花の妖精のような可憐な容姿と裏腹に…勝気で、泣き虫な彼女


家族を愛し、一生懸命に生きている彼女に、果たせるかどうかわからない約束を口にして、本当にいいのか?


彼女を愛している。彼女をこの腕の中で包み込みたい。

でも曖昧な約束しかできない男より、これから先の人生を一緒に歩んで行ける男のその腕の中で、愛を囁かれながら、生きていったほうが…幸せではないだろうか…。


父王を説得する時間は、そのまま彼女の女としての幸せの時間を潰し、叶えば良いが、もし叶わなければ彼女を悲しみや苦しみだけの人生にしてしまうかもしれない。



俺の言葉は…彼女を縛りつけるだけかも…


俺は…彼女の後ろで、それ以上うつむけないほど項垂れてしまった。

顔を隠すように深々と項垂れた俺の目に、湖面に唇を噛んだ自分の姿が映っている。

だがその姿がゆらゆらと揺れ…輪のように幾重に広がる波の形の模様となって広がり… そして白く小さな足先が目に入った。


「ぁ…」

掠れた声しかでなかった俺に…


「……ねぇ…」

と、少し笑ったような声が…


「ねぇ… こういう場面って、普通はぎゅっと後ろから抱きしめて、あの御伽噺の王子様のように


『行くな!人でも妖精でも関係ない。おまえだから…おまえだから愛してるんだ。』

『すべてを捨てても、おまえと一緒にいたいんだ。…俺を置いてくな。』 


と言って、名場面になるところじゃない?」


そう言って、涙をいっぱい溜めた目を俺に向け、微笑んだ口元を少し震わせながら


俺の……花の妖精は振り向いた。



何をしてるんだ…俺は…


俺にとって恋は…もうこれで最後だ。

最後になるなら…すべてを言っておきたい。

すべてを…


もう迷うな!

果たせるかどうかわからない約束しか言えない、10歳近く年上のへたれな王子の俺が、今できることは……



大きく息を吐いた。


「…王家に生まれた王子や姫は、幼い頃から…こう教えられるんだ。

王家の人間に与えられた権力と裕福な生活は、国の為に、国民の為に、個を捨てる事で返さなければならないと…幼い頃はその教えの意味がわからなかった。


…12年前だ。その教えの重さを知ったのは…結婚は国を確固足るものにするための手段。

それは愛する人とは結ばれることはない人生だと、その教えは俺に悟らせた。」


《彼女が目を見開いた。》


「だから王家に生まれた多くの男は…寵妃として……愛する人を側に置くことが、王家の通例のようになっていった。それは……王家の愛憎の歴史だ。


他国へと輿入れした正妃の中には、愛する人が他にいた女性もいたかもしれない。


だが国の為に心を殺して、輿入れしたのに愛してもらえない…そんな正妃の寂しさ。


愛する人を側に置きながら、他の女性を抱くことが国の為だと言い聞かせる…王子の苦しさ。


正妃の元に行く王子を黙って見送ることしか出来ない…寵妃の悲しさ。


それでも、それでもいいと言う王子や正妃、そして寵妃はいるかもしれない。

だが…俺にはできない。俺は気づいてしまったんだ。


君が帰った後…寂しかった。その寂しさがどこから来ているのか、わかっていたのに、目を瞑り…他の女性に温もりを求めようとしたんだ…。」


《彼女が唇を噛んだ。》


「でも、その女性を前にすると…温もりどころか…体が、心が凍っていくんだ。

君しか…俺を暖めてくれる人がいないとわかっていた。


でも…俺は王家の人間なんだ。


王家の人間に与えられた権力と裕福な生活は、国の為に、国民の為に、個を捨てる事で返さなければならない…12年前にその教えを破ろうとした。その為に国は揺れ動いた。下手をすれば、内乱が興ってもおかしくなかった。それをくいとどめたのは父王なんだ。


国の為に、国民の為に、個を捨てる事で返さなければならないと教えた父が…イラリア伯爵夫人とのことを知りながら、俺が初恋に自分で決着をつけてくるのを父親として待っていてくれたんだ。そんな父を、国を、捨てることはできない。」


《彼女の唇が…なにか言おうとしたのか、薄っすらと開いたが…声は出なかった。》


「いずれ、王太子である兄に王子が生まれれば、俺は臣下に下るつもりだ。だが兄は、先日正妃を娶ったばかり、子はまだできてはいない。第二王子の俺は、兄の子が生まれるまでは、王家の血を継がねばならない宿命がある。もし…兄に子供ができなければ、あるいは王女しか出来なければ…俺は王家から出ることは叶わない。」


《彼女はきつく眼を瞑った。》


「でも…俺は…」


俺の震える声に、彼女が驚いたように目を開き、俺を見た。

怯えているように揺れ動くその目に……彼女以上に怯えている俺が映っていた。



「兄に男の子が生まれ、王家のしがらみから解き放たれたら、マリー…君を妻に迎えたい。

でも…それは一年先か、いや10年先…あるいは…果たせない約束になるかもしれない。だが!12年前とは違う!王家から、国から逃げて、あやふやな形でこの恋は終わらせない!父王を説得する!君を寵妃という形でなくて妻として迎えたいから…だから…待って…」


待っていて欲しいとは…言えない。こんな過酷な事を言えない。

言葉を止め、ただ彼女を見つめる俺を…同じように俺を見つめる彼女の緑色の瞳から、涙が次々と零れ、その涙を拭いもせず、俺を見つめ、言葉を発しようとしていた。


だが声は出てこなくて…



《彼女は大きく頭を横に振った。》



俺は…その姿を見ていられなくて、目を瞑った。

瞑ったはずの目に…まだ彼女が大きく頭を横に振る姿が見える。

宛てのない約束に…どうして頷ける。当たり前だ…。


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